知的財産法: 第6講
特許権侵害
特許権の侵害
- ①直接侵害
特許権=業としての特許発明の実施=を無権限で行う→侵害
特許権侵害に対する救済・制裁は以下のとおり
- ⑴民事救済
- ⒜差止請求(特許100条)
- ⒝損害賠償請求(民709条)
損害額認定その他の司法手続の特則(特許102条~105条の7)
- ⒞信用回復措置請求(特許106条)
- ▼知財高判令2・2・28 判時2464号61頁(美容器事件)
【判旨】※1億700万円余の損害賠償を認容した原審判決を変更し,4億4000万円余の損害賠償を命じた。
- 特許法102条1項の……特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足り〔,〕また,「単位数量当たりの利益の額」は,特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額(限界利益の額)であり,その主張立証責任は,特許権者等の実施の能力を含め特許権者側にあるものと解すべきである。
- 特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである〔が,当該〕特徴部分が〔特許権者の〕製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえない〔場合は,当該〕製品の販売によって得られる限界利益の全額を〔特許権者〕の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,〔当該〕製品においては,上記の事実上の推定が一部覆滅される〔。〕
- 〔同項の〕「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい,例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。
- ⑵刑事制裁(特許196条以下)
- ⑴民事救済
- ②間接侵害(101条)
直接侵害行為をするのではないが,侵害行為の起因・派生となる蓋然性が高い
- ⑴物の発明についての間接侵害
- ⒜業としてその物の生産にのみ用いる物の生産・譲渡等・輸入・譲渡等の申出をする行為(1号)
- ⒝その物の生産に用いる物(一般流通物を除く)でその発明の課題解決に不可欠な物につき,
- その発明が特許発明であること&
- その物がその発明の実施に用いられること
- ⒞特許発明に係る物を業として譲渡等・輸出のために所持する行為(3号)
- ⑵方法の発明についての間接侵害
- ⒜業としてその方法の使用にのみ用いる物の生産・譲渡等・輸入・譲渡等の申出をする行為(4号)
- ⒝その方法の使用に用いる物(一般流通物を除く)でその発明の課題解決に不可欠な物につき,
- その発明が特許発明であること&
- その物がその発明の実施に用いられること
- ⒞物を生産する方法の特許発明に係る物を業として譲渡等・輸出のために所持する行為(6号)
- ▼東京地判昭56・2・25 無体集13巻1号139頁(交換レンズ事件)
対象物件において,社会通念上経済的,商業的ないしは実用的な意味で,特許発明に係る物の生産に使用する以外の用途がなければならない。〔※当時は「にのみ」要件を定める現1号・4号規定のみであった。〕
- ▼東京地判平16・4・23 判時1892号89頁(プリント基板用治具事件)
〔101条2号および5号の〕「発明による課題の解決に不可欠なもの」とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成要素(発明特定事項)とは異なる概念であり,当該発明の構成要素以外の物であっても,物の生産や方法の使用に用いられる道具,原料なども含まれ得るが,他方,特許請求の範囲に記載された発明の構成要素であっても,その発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものは,「発明による課題の解決に不可欠なもの」には当たらない。
- ⑴物の発明についての間接侵害
特許発明の技術的範囲
- ①特許法70条
特許発明の技術的範囲に特許権が及ぶ(権利の及ばない範囲〔第4講〕や実施権のある範囲を除く)
- 特許請求の範囲(クレーム:claim)に基づいて定める
- クレーム記載の用語の意義は,明細書の記載および図面を考慮して解釈すべし
- ただし要約書の記載は考慮するべからず
- ▼東京地判平17・12・27 判時1939号120頁(図形表示装置事件)
拒絶理由通知に対する意見により特許査定がなされた場合は,侵害訴訟においてこれに反する主張をすることは信義則上許されない。
- ②サポート要件(特許36条6項1号)
請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならない ←広すぎる独占権の付与を排除するため
- ▼知財高判平17・11・11 判時1911号48頁(パラメータ特許事件)
特許請求の範囲の記載が,特許法36条6項1号に規定されるサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき〔である。〕
※特性値を表す技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した物を構成要件とする発明(=パラメータ発明)の特許についての特許異議申立てにおける特許取消決定を維持。
- ▼知財高判平22・1・28 判時2073号105頁(フリバンセリン事件)
「特許請求の範囲の記載」が〔特許〕法36条6項1号に適合するか否か……を判断するに当たっては,その前提として「発明の詳細な説明」がどのような技術的事項を開示しているかを把握することが必要となる。そして,〔同〕号の規定は,「特許請求の範囲」の記載に関してその要件を定めた規定であること,及び,発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除するために設けられた規定であることに照らすならば,同号の要件の適合性を判断する前提としての「発明の詳細な説明」の開示内容の理解の在り方は,上記の点を判断するのに必要かつ合理的な方法によるべきである。他方,「発明の詳細な説明」の記載に関しては,法36条4項1号が,独立して「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の…技術上の意義を理解するために必要な事項」及び「(発明の)実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載した」との要件を定めているので,同項所定の要件への適合性を欠く場合は,そのこと自体で,その出願は拒絶理由を有し,又は,独立の無効理由(特許法123条1項4号)となる筋合いである。そうであるところ,法36条6項1号の規定の解釈に当たり,「発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除する」という同号の趣旨から離れて,法36条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは,同一事項を二重に判断することになりかねない。仮に,発明の詳細な説明の記載が法36条4項1号所定の要件を欠く場合に,常に同条6項1号の要件を欠くという関係に立つような解釈を許容するとしたならば,同条4項1号の規定を,同条6項1号のほかに別個独立の特許要件として設けた存在意義が失われることになる。
※発明の名称を「性的障害の治療におけるフリバンセリンの使用」とする発明について,医薬の用途発明にあっては「発明の詳細な説明において,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がされることにより,その用途の有用性が裏付けられていることが必要である」ところ,その記載がないゆえ特許法36条6項(当時は5項)1号違反であるとした拒絶査定不服審判の審決を取り消した。
- ▼知財高判平17・11・11 判時1911号48頁(パラメータ特許事件)
- ③均等論
特許権侵害訴訟において,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合でも,以下の要件を満たすときは,当該対象製品等は上記構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものとする。
- ⑴当該部分が発明の本質的部分でない
- ⑵当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏する
- ⑶置き換えることに当業者が対象製品等の製造等の時点で容易に想到し得た
- ⑷対象製品等が特許出願時には新規性・進歩性があったであろうとされ
- ⑸対象製品等が特許出願手続における特許請求の範囲から意識的に除外されたなどの特段の事情もない
- ④プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(Product By Process Claim)
物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている,物の製造方法によってその物を特定する特許請求 ←製造方法は異なるが物としては同一の物に対しても特許権が及ぶかどうかが問題となる
- ▼最判平27・6・5 民集69巻4号700頁(プラバスタチンナトリウム塩錠事件)〔後掲〕
特許無効の抗弁
いったん登録された特許権は,本来ならば無効審判の審決(または取消決定)の確定によってのみその効力を否定されるが,特許権侵害訴訟を受けて立つ被告が「そもそも特許権が無効だ」と抗弁すること,そしてそれを裁判所が審理することが許されるか,という問題があった。
この点について(具体的な事実関係は異なるが)最高裁が判断したのが下記キルビー特許事件で,同事件の判決を受けて特許法が改正(平成16年法律120号)され104条の3が設けられるに至った。
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- ▼最判平12・4・11 民集54巻4号1368頁(キルビー特許事件)〔後掲〕
- ▼最判平20・4・24 民集62巻5号1262頁(ナイフ加工装置事件)
特許権侵害訴訟の第一審判決後に訂正審決が確定した場合は,無効理由が解消され,民訴法338条1項8号所掲の再審事由が存すると解される余地があるが,当該訂正審決の確定を理由に原審の判断を争うことは紛争解決を不当に遅延させるもので許されない。
※特許法改正(平成23年法律63号)により104条の4が新設されることに
- ▼知財高判平30・9・4 平29年(ネ)第10105号(抗ウイルス剤事件)
特許に無効理由が存在する場合であっても,①適法な訂正請求(又は訂正審判請求)がされ(訂正請求及び訂正審判請求が制限されるためにこれをすることができない場合には,訂正請求(又は訂正審判請求)できる時機には,必ずこのような訂正を請求する予定である旨の主張),②上記訂正により無効理由が解消されるとともに,③訂正後の特許請求の範囲に対象製品が属するときは,特許法104条の3第1項により権利行使が制限される場合に当たらない。
関連事例
- 最判平27・6・5 民集69巻4号700頁(プラバスタチンナトリウム塩錠事件)
- [1] 事実の概要
X(テバ社: Teva Gyógyszergyár Zártkörüen Müködö Részvénytársaság =原告・控訴人・上告人)は,発明の名称を「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物」とする特許権(特許第3737801号=本件特許)を有するところ,Y(協和発酵キリン株式会社=被告・被控訴人・被上告人)の製造・販売に係る医薬品「プラバスタチンNa塩錠10mg『KH』」(Y製品)がXの本件特許に係る特許権を侵害するとして,Y製品の製造・販売の停止および廃棄を求めて提訴した。
第一審(東京地判平22・3・31)は,PBPクレームにつき「原則として,……当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであ〔るが,〕物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特許発明の技術的範囲に含まれる」とした上で,本件特許にそのような「特段の事情」が認められず,Y製品は本件特許の技術的範囲に属さないとして,Xの請求を棄却。
原審(知財高判平24・1・27 判時2144号51頁)は,物の特定を直接的にその構造または特性によることが出願時において不可能または困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行う場合を「真性PBPクレーム」と,またそのような事情が存在しないにもかかわらず製造方法により物の特定を行う場合を「不真正PBPクレーム」と便宜上区別し,当該発明の技術的範囲は,前者においてはクレーム記載の製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物と解釈されるが,後者にあってはクレーム記載の製造方法により製造される物に限定されるとし,本件特許のクレームが「不真正PBPクレーム」であると認定して第一審と同様の判断をなした(なおYがなした特許法104条の3第1項の抗弁も肯定)。Xが上告。
なお,XがYとは別の会社を同様に提訴した事件もあったが,知財高判平24・8・9 は特許法104条の3第1項を根拠に請求棄却した第一審を支持=控訴棄却し,これに対する上告審は 本件と同日に本件と同様の判決 がなされた。また,本件のYを原告,Xを被告とする 無効審判の審決取消訴訟 もなされたが,こちらは請求が棄却されている。
- [2] 判旨
破棄差戻し。
Ⅰ 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定される〔。〕
Ⅱ 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる〔。この点につき審理を尽くさせるべく原審に差し戻す。〕
※千葉勝美裁判官の補足意見および山本庸幸裁判官の意見あり。
- [1] 事実の概要
- 最判平12・4・11 民集54巻4号1368頁(キルビー特許事件)
- [1] 事実の概要
X(富士通株式会社=原告・被控訴人・被上告人)は各種の半導体装置および電子機器等の製造販売を業としている会社で,業として半導体装置2件を製造・使用・販売していた。Y(Texas Instruments Inc.〈テキサス・インスツルメンツ〉=被告・控訴人・上告人)は各種の半導体装置の製造販売を業としている米国の会社であり,発明の名称を「半導体装置」とする特許権(特許第320275号=本件特許権)を有している。XY間には,従来半導体装置に関する特許について期限を平成2年(1990年)末までとする相互実施許諾(クロス・ライセンス)契約が存していたが、Yが日本において本件特許権を取得したのに伴い,Yが上記契約の更新に際し,本件特許権が半導体集積回路についての基本特許であってXを含む日本の業者が製造販売する半導体装置のほとんどすべてが本件発明の技術的範囲に属すると主張し,このことを理由としてXに対しても上記2件の半導体装置を含む種々の半導体装置につき,Xの売上額に対する実施料相当額の金銭支払を要求した。これを受けてXは,YがXに対して上記2件の半導体装置の製造等につき本件特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないことの確認を求めて提訴。
第一審(東京地判平6・8・31 平3年(ワ)第9782号)は,Xの半導体装置2件はいずれも本件特許権に係る発明の技術的範囲に属さないとして請求認容。原審(東京高判平9・9・10 平6年(ネ)第3790号)は,本件特許権に至る分割出願における原発明と本件発明とが実質的に同一で,当該分割出願が不適法であるから出願日遡及の利益を享受できず,本件特許権に係る本件出願は無効とされる蓋然性がきわめて高く,そのような特許権に基づき第三者に対して権利を行使することは権利の濫用として許されるべきことではないなどとして(技術的範囲についても否定),控訴棄却。Yは,特許権侵害訴訟においては,特許権を有効なものとみなして対象物件が技術的範囲に属するか否かを判断すべきであるにもかかわらず,本件特許権を実質上無効とする判断を行った原判決には法令違反・審理不尽および理由不備の違法があるとして上告。
- [2] 判旨
上告棄却。
Ⅰ なるほど、特許法は、特許に無効理由が存在する場合に、これを無効とするためには専門的知識経験を有する特許庁の審判官の審判によることとし(同法123条1項、178条6項)、無効審決の確定により特許権が初めから存在しなかったものとみなすものとしている(同法125条)。したがって、特許権は無効審決の確定までは適法かつ有効に存続し、対世的に無効とされるわけではない。……しかし、本件特許のように、特許に無効理由が存在することが明らかで、無効審判請求がされた場合には無効審決の確定により当該特許が無効とされることが確実に予見される場合にも、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求が許されると解することは、……相当ではない。
Ⅱ ……特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。
- [1] 事実の概要