知的財産法: 第4講
発明に関する権利(Part 1)
特許を受ける権利
- 発明の(理論的)完成により発明者が原始的に取得〔原則〕
- 特許出願の根拠(特許29条1項)
- 譲渡可能(特許33条1項・34条)
- 仮専用実施権の設定(特許34条の2第1項),仮通常実施権の許諾(34条の3第1項)が可能
→後に特許権が登録されると,それぞれ専用実施権,通常実施権とみなされる(34条の2第2項・34条の3第2項)
- ▼大阪地判平14・5・23 判時1825号116頁
※人格権としての発明者名誉権の侵害を肯定
職務発明(特許35条)
- ①職務発明の意義(1項)
- ⒜使用者と従業者との実質的関係(指揮・命令・監督)
- ⒝発明が使用者の業務範囲に属する
- ⒞発明をするに至った行為が従業者の現在または過去の職務に属する
- 【オプション】(契約・勤務規則による=2項の反対解釈)
- ⓐ使用者に特許を受ける権利を取得させる(2項・3項)
- ⓑ使用者に特許権を承継させる
- Ⓒ使用者のために専用実施権・仮専用実施権を設定させる
- → 従業者に相当の利益を受ける権利(4項)
◆相当の利益を定める際に考慮すべき事項(5項・6項)
- 使用者・従業者間の協議の状況
- 策定された基準の開示状況
- 従業者からの意見聴取の状況 等
- ※経産相が上記について指針を定め,公表する。
◆相当の利益の定めがないか,契約等による定めが不合理である場合(7項)
- その発明により使用者が受けるべき利益の額
- その発明に関連して使用者が行う負担・貢献
- 従業者の処遇その他の事情
を考慮して裁判で定める
- ②従前の制度(平成16年改正前)における問題点=(元)従業者による訴訟が頻発(下記参照)
- ③著作権法上の職務著作(著15条)との異同
- ④平成16年改正(35条4項=現5項=の追加)と平成27年改正(3項の追加)
特許を受ける権利を使用者に帰属させることが可能に
- ▼最判平15・4・22 民集57巻4号477頁 (オリンパス事件)
勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が〔特許法35〕条4項(平成16年改正前=現7項相当)の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項(同じく現4項相当)の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができる〔。〕
- ▼東京地判平16・1・30 判時1852号36頁 (青色 LED 事件第一審終局判決)
※相当の対価の額を600億円余と認定し,請求200億円を認容(控訴審で和解)
特許権
- 始期:設定登録, 終期:出願の日から20年〔原則〕 (特許66条・67条)
- 譲渡可能(要登録=特許98条1項1号)
- 業として特許発明の実施をする権利(特許68条)
特許権の効力が及ばない範囲
- ①明文によるもの(特許69条)
- ⑴試験または研究のためにする実施
- ⑵⒜単に日本国内を通過する運輸交通機器等の物
- ⒝特許出願時から日本国内にある物
- ⑶医薬の調剤行為および調剤された医薬
- ②消尽論
特許発明に係る製品(=特許製品)がいったん適法に流通に置かれた後は,当該特許製品についての特許権は目的を果たして消尽し,当該特許製品の使用・譲渡等に特許権は及ばない。
- ▼最判平9・7・1 民集51巻6号2299頁(BBS 並行輸入事件)〔後掲〕
- ▼最判平19・11・8 民集61巻8号2989頁(プリンタ・インクタンク事件)〔後掲〕
- ▼知財高判平26・5・16 判時2224号146頁(アップル対サムスン事件)〔事案の詳細は 第5講〕
特許権者等が特許製品の生産にのみ用いる物(101条1号)を譲渡した場合には当該物には特許権が及ばないが,その後第三者が当該物を用いて特許製品を生産した場合には,当該生産行為や特許製品の使用・譲渡等に特許権を行使しうる。
- ▼東京地判令2・7・22 平成29年(ワ)第40337号 (プリンター・トナーカートリッジ情報記憶装置事件)
特許権に基づく侵害訴訟においても,特許権者の権利行使その他の行為の目的,必要性及び合理性,態様,当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし,特許権者による特許権の行使が,特許権者の他の行為とあいまって,競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど,公正な競争を阻害するおそれがある場合には,当該事案に現れた諸事情を総合して,その権利行使が,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得るというべきである
- ※特許発明の実施につき安全性確保等を目的とする処分(特許67条4項)または出願・審査手続における処分に係る遅延(同67条2項・3項)を理由とする延長登録出願(同67条の2)により特許権の存続期間が延長された場合,その効力は,その延長登録の理由となった政令所定処分の対象となった物(処分において用途が定められているときは当該用途に使用されるその物)に係る実施以外の行為には及ばない(特許68条の2)
- ▼知財高判平29・1・20 判時2361号73頁(オキサリプラティヌム事件)
【要旨】 医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,存続期間が延長された特許権の効力は,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」及び,これと医薬品として実質同一なものに及ぶ。
- ▼知財高判平29・1・20 判時2361号73頁(オキサリプラティヌム事件)
関連事例
- 最判平9・7・1 民集51巻6号2299頁(BBS 並行輸入事件)
- [1] 事実の概要
X(BBS GmbH=原告・被控訴人・上告人)は1970年ドイツで創業された自動車のホイールの製造を業とする会社であり,Y1およびY2(被告・控訴人・被上告人)はいずれも日本において自動車部品の輸入販売等を行う会社である。
Xはその製造に係る自動車用アルミホイール製品についてわが国においても特許権者である(特許第1629869号)ところ,Yらは,少なくとも平成4年(1992年)8月頃まで,当該特許に係る製品をドイツから輸入し,わが国において販売していた(いわゆる真性品の並行輸入)。Xは,Yらの当該特許に係る製品の輸入,販売および販売のための展示がXの特許権を侵害するものとして,上記行為の差止め(製品の廃棄を含む)と1118万円余の損害賠償を求めて提訴。
第一審 は,Xの請求を一部認容したが,控訴審(原審) は,「特許独立の原則及び属地主義の原則に照らすと,……我が国で成立した特許権の効力範囲を定めるに当たって,外国で行われた特許製品の適法な拡布の事実を考慮することが許されるか否かの問題は,正に,我が国特許法の解釈問題であ〔る〕」とした上で,国外における特許製品の適法な拡布によってわが国の当該製品についての特許権が消尽すると判示して,一審判決を取り消し,Xの請求を棄却した。Xが上告。
- [2] 判旨
上告棄却。
Ⅰ 特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品〔=特許発明に係る製品〕を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである。けだし、⑴ 特許法による発明の保護は社会公共の利益との調和の下において実現されなければならないものであるところ、⑵ 一般に譲渡においては、譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得するものであり、特許製品が市場での流通に置かれる場合にも、譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として、取引行為が行われるものであって、仮に、特許製品について譲渡等を行う都度特許権者の許諾を要するということになれば、市場における商品の自由な流通が阻害され、特許製品の円滑な流通が妨げられて、かえって特許権者自身の利益を害する結果を来し、ひいては「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」(特許法1条参照)という特許法の目的にも反することになり、⑶ 他方、特許権者は、特許製品を自ら譲渡するに当たって特許発明の公開の対価を含めた譲渡代金を取得し、特許発明の実施を許諾するに当たって実施料を取得するのであるから、特許発明の公開の代償を確保する機会は保障されているものということができ、特許権者又は実施権者から譲渡された特許製品について、特許権者が流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである。
Ⅱ 我が国の特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合には、直ちに右と同列に論ずることはできない〔が、〕国際取引における商品の流通と特許権者の権利との調整について考慮するに、現代社会において国際経済取引が極めて広範囲、かつ、高度に進展しつつある状況に照らせば、我が国の取引者が、国外で販売された製品を我が国に輸入して市場における流通に置く場合においても、輪入を含めた商品の流通の自由は最大限尊重することが要請されているものというべきである。そして、国外での経済取引においても、一般に、譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得することを前提として、取引行為が行われるものということができるところ、……特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合においても、譲受人又は譲受人から特許製品を譲り受けた第三者が、業としてこれを我が国に輸入し、我が国において、業として、これを使用し、又はこれを更に他者に譲渡することは、当然に予想されるところである。
我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。
- [1] 事実の概要
- 最判平19・11・8 民集61巻8号2989頁(プリンタ・インクタンク事件)
- [1] 事実の概要
X(キヤノン株式会社=原告・控訴人・被上告人)は,その製造・販売に係るインクジェットプリンター用のインクタンクに関する特許権(特許3278410号)を有している。Y(リサイクル・アシスト株式会社=被告・被控訴人・上告人)は,Xの前記特許権に係るインクタンク製品(X製品)の使用済みのものを利用(加工・洗浄・インクの再充填等)して製品化された製品(Y製品)を輸入し,X製プリンター互換のインクタンクとしてわが国で販売していた。
Xは,YによるY製品の輸入・販売および販売のための展示がXの特許権を侵害するとして,これらの行為の差止めを求めて提訴。Yは,X製品がいったん適法に流通に置かれた段階で当該製品についての特許権が消尽するとして争った。
第一審(東京地判平16・12・8)は,Yの主張を理由ありとして請求棄却。原審(知財高判平18・1・31 判時1922号30頁)は,BBS 事件を引用して特許権の国内消尽を肯定しつつも,「(ア)当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(以下「第1類型」という。),又は,(イ)当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(以下「第2類型」という。)には,特許権は消尽せず,特許権者は,当該特許製品について特許権に基づく権利行使をすることが許される」とした上で,本件インクタングが上記「第2類型」に該当することを認定し,一審判決を取り消してXの請求を全部認容した。
- [2] 判旨
上告棄却。
Ⅰ 〔特許権者等〕が我が国において特許製品〔=特許発明に係る製品〕を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品の使用,譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず,特許権者は,当該特許製品について特許権を行使することは許されない〔が,〕特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。
Ⅱ 上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきであ〔り,〕我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,我が国において特許権を行使することが許されるというべきであ〔って〕,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合と同一の基準に従って判断するのが相当である。
※ Y製品は,X製品と「同一性を欠く特許製品が新たに製造されたもの」と認定。
- [1] 事実の概要