知的財産法: 第5講
発明に関する権利(Part 2)
実施権
本来,業として特許発明を実施する権利は特許権者のみが有する(特許68条)が,実際には他人に実施させて特許権者はその対価(特許料,ロイヤルティ)を得ることが多い。そして,そうした実施権の設定・許諾とそれを目的とする契約を,それぞれ「ライセンス(license)」「ライセンス契約」ということがある。
- ⑴専用実施権(特許77条)… 要登録,物権的権利
- ⑵通常実施権
- ⒜約定通常実施権(特許78条)… 債権的権利(許諾)
- ⒝法定通常実施権
- 職務発明における使用者の通常実施権(特許35条1項)
- 先使用による通常実施権(特許79条)
- 冒認特許権の移転登録前の実施による通常実施権(特許79条の2)
- 無効審判請求登録前の実施による通常実施権(特許80条)
- 意匠権存続期間満了後の通常実施権(特許81条・82条)
- 再審請求登録前の実施による通常実施権(特許176条)
- 裁定通常実施権(特許84条~91条の2)
- 不実施の場合の裁定通常実施権(特許83条)
- 他人の特許発明等と抵触する自己の特許発明の通常実施権(特許92条)
- 公共の利益のための通常実施権(特許93条)
- ▼最判昭48・4・20 民集27巻3号580頁(隧道管押抜工法事件)
許諾による通常実施権の設定を受けた者は,……単に特許権者に対し実施を容認すべきことを請求する権利を有するにすぎない。
- ▼大阪地判昭59・12・20 無体集16巻3号803頁(ヘアーブラシ意匠事件)
完全独占的通常実施権については,権利者自身も実施しない義務を負っており,実施権者には独占の期待利益が認められ,固有の権利として損害賠償請求をなし得る。
さまざまなライセンス
- サブライセンス
ライセンスを受ける者(ライセンシー)がさらに他の者にライセンスを付与・許諾する。
例えば,メインのライセンス契約において特許権者たるライセンサーから総合商社が専用実施権の設定を受け,当該商社がサブライセンサーとなってその子会社・関連会社等に必要な範囲でサブライセンスとしての通常実施権を許諾するようなケースが想定される。
- クロスライセンス
互いの有する特許発明を相互にライセンス(許諾)する。それぞれが互いの技術を利用し合わないと製品が製造できない(またはしづらい)場合になどに用いられ,特に複数の者が保有する特許権に係る先端技術を利用する製品において有用である。
それぞれの技術についてその評価に差異がある場合は,金銭によって補充することもある。
- プール
いくつかの特許発明を持ち寄りそれをまとめてプール(貯水池)とすることで,それらを一括して他の者にライセンス(許諾)する。
さらにこれをクロスライセンスに応用することで,多数の当業者が有する特許をそれらの者どうしで一括して利用し合うケースもある。
FRAND 宣言によるライセンス
- FRAND 宣言
保有特許が必須・標準の技術である場合に,これを他者に対して「公正,合理的かつ非差別的(Fair, Reasonable and Non-Discriminatory)な条件」(FRAND 条件)で取消不能なライセンスをする旨の宣言をすること ←特許権者(ライセンサー)と実施権者(ライセンシー)が同業・競業者である場合が多く,トラブルが生じるおそれも。
- ▼知財高判平26・5・16 判時2224号146頁(アップル対サムスン事件)〔後掲〕
関連事例
- 知財高判平26・5・16 判時2224号146頁(アップル対サムスン事件)
- [1] 事実の概要
X(Apple Japan=債務者・相手方,原告・被控訴人)は米国 Apple Inc. の日本法人で,パーソナル・コンピュータ,コンピュータ関連機器のハードウェアおよびソフトウェア,コンピュータに関連する付属機器の販売等を目的とする合同会社であり,Y(三星〈サムスン〉電子株式会社=債権者・抗告人,被告・控訴人)は電子電気機械器具,通信機械器具及び関連機器とその部品の製作,販売等を目的とする韓国法人である。Yは,発明の名称を「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置」とする特許権(特許第4642898号=本件特許権)を有するところ,米国 Apple Inc. が製造しXがわが国において輸入・販売する iPhone 4,iPad 2 Wi-Fi+3Gモデル等の製品(X製品)が本件特許権を侵害(直接侵害または間接侵害=特許法101条4号・5号)するものとして,差止請求権(特許100条)を被保全権利として,Xに対しX製品の生産・譲渡・輸入等の差止め等を求める仮処分命令の申立てを行った。それを受けてXは,X製品の生産・譲渡等が本件特許権の侵害に当たらないなどと主張して,YがXの上記不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認を求めて提訴した。
本件特許権に含まれる発明ないし技術については,その出願(優先権主張の基礎となる韓国出願)に際し特許権者たるYにより,いわゆる「3G(第3世代移動通信システム)」の普及促進と付随する仕様の世界標準化を目的とする民間団体 3GPP を結成した標準化団体の一つである欧州電気通信標準化機構(ETSI)が定める「IPR Policy」に従って,「公正,合理的かつ非差別的(Fair, Reasonable and Non-Discriminatory)な条件」(FRAND 条件)で取消不能なライセンスをする旨の宣言(FRAND 宣言)がなされている。
各事件における争点は,X製品が本件特許権に含まれる本件発明1の技術的範囲に属するか,X製品が本件特許権に含まれる本件発明2の間接侵害を構成するか,YのXに対する差止請求権の行使(仮処分事件)および損害賠償請求権の行使(債務不存在確認事件)が権利の濫用であるか,である。
仮処分事件における第一審(東京地決平25・2・28 平23年(ヨ)第22027号,同 平23年(ヨ)第22098号)は,いずれもX製品が本件発明1の技術的範囲に属し,本件発明2に対する間接侵害の成立をも認めながら,本件特許権に基づく差止請求権の行使は権利濫用に当たるとして却下した。また,債務不存在確認事件における第一審(東京地判平25・2・28 平23年(ワ)第38969号)は,Yが米国 Apple Inc. に対し,本件 FRAND 宣言に基づく標準規格必須宣言特許である本件特許権についての FRAND 条件でのライセンス契約の締結準備段階における重要な情報を相手方に提供し,誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反しているなどとして,Xの請求を認容した。Yがそれぞれ抗告・控訴。
- [2] 仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件の決定要旨
抗告棄却。
FRAND 宣言された必須特許(以下,FRAND 宣言された特許一般を指す語として「必須宣言特許」を用いる。)に基づく差止請求権の行使を無限定に許すことは,……当該規格に準拠しようとする者の信頼を害するとともに特許発明に対する過度の保護となり,特許発明に係る技術の社会における幅広い利用をためらわせるなどの弊害を招き,特許法の目的である「産業の発達」(〔特許〕法1条)を阻害するおそれがあり合理性を欠くものといえ〔,〕必須宣言特許について FRAND 条件によるライセンスを受ける意思を有する者に対し,FRAND 宣言をしている者による特許権に基づく差止請求権の行使を許すことは,相当ではない。〔他方,当該〕規格に準拠した製品を製造,販売する者が,FRAND 条件によるライセンスを受ける意思を有しない場合には,かかる者に対する差止めは許されると解〔され,ゆえに〕FRAND 宣言をしているYによる本件特許権に基づく差止請求権の行使については,Xにおいて,Yが本件 FRAND 宣言をしたことに加えて,Xが FRAND 条件によるライセンスを受ける意思を有する者であることの主張立証に成功した場合には,権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないと解される。
※ Xがライセンスを受ける意思を有する者であることを認定。
- [3] 債務不存在確認請求控訴事件の判旨
原判決変更。一部認容。
Ⅰ Xは,本件 FRAND 宣言はライセンス契約の申込みであり,Xが本件各製品の輸入販売を開始したことが,これに対する黙示の承諾となるから,当事者間にはライセンス契約が成立していると主張する〔が,認定事実から〕本件 FRAND 宣言がライセンス契約の申込みであると解することはでき〔ず,また本件において〕第三者のためにする契約も成立しない以上,本件 FRAND 宣言の効果として損害賠償請求権の行使が許されないとすることはできない。
Ⅱ 〔必須宣言特許〕に基づく損害賠償請求においては,FRAND 条件によるライセンス料相当額を超える請求を許すことは,当該規格に準拠しようとする者の信頼を損なうとともに特許発明を過度に保護することとなり,特許発明に係る技術の社会における幅広い利用をためらわせるなどの弊害を招き,特許法の目的である「産業の発達」(〔特許〕法1条)を阻害するおそれがあり合理性を欠くものといえる。……一方,必須宣言特許に基づく損害賠償請求であっても,FRAND 条件によるライセンス料相当額の範囲内にある限りにおいては,その行使を制限することは,発明への意欲を削ぎ,技術の標準化の促進を阻害する弊害を招き,同様に特許法の目的である「産業の発達」(同法1条)を阻害するおそれがあるから,合理性を欠くというべきである。標準規格に準拠した製品を製造,販売しようとする者は,FRAND 条件でのライセンス料相当額の支払は当然に予定していたと考えられるから,特許権者が,FRAND 条件でのライセンス料相当額の範囲内で損害賠償金の支払を請求する限りにおいては,当該損害賠償金の支払は,標準規格に準拠した製品を製造,販売する者の予測に反するものではない。
※ X製品のうち本件特許権に含まれる発明の技術的範囲に属するものについて,ライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求権が存すると認定。
- [1] 事実の概要