不正競争防止法: 第12講
営業信用毀損行為(2条1項21号)
- 競争関係にある他人の信用を害する虚偽事実を告知・流布することによって,自己が相対的に優位に立とうとすることは不公正。
※信用(名誉)は民法709条・710条によっても保護されるが,要件・効果は異なる。
意義・要件
- ①競争関係にある他人
- 必ずしも直接競争関係になくてもよい
例: ソフトウェア・メーカーとハードウェア・メーカー
- 必ずしも直接競争関係になくてもよい
- ②虚偽の事実
- ⑴「事実」と「見解・意見,感想,判断」
- ⒜事実:
時間・空間内に見出される実在的な出来事または存在 →「虚偽」を観念できる
- ⒝見解・意見等:
- 見解・意見: 物事に対する見方・考え方,
- 感想: 心に浮かんだ思い,
- 判断: ある物事について自分の考えをこうだと決めること,また,その内容
- … 事実ではなく見解・意見等を述べる(告知・流布)ことは不正競争とならない
- 東京地判平15・9・30 判時1843号143頁 iOffice 和解事件 (後掲)
- ⒜事実:
- ⑵実際には存在しない知的財産権を根拠に相手方がその侵害行為を行っていると告知等する
- ⒜後に無効と判断される特許権を相手方が侵害していると告知・流布
- ⒝著作物性のないものについて相手方が著作権侵害行為をしていると告知・流布
- ⑴「事実」と「見解・意見,感想,判断」
- ③告知・流布
- ⑴告知: 特定の者に対して個別的に伝達すること
- ⑵流布: 不特定人または多数人に知られるような態様で広めること
民事救済・刑事制裁
- 営業信用毀損行為については不競法上の罰則はない。ただし,刑法その他の法令による罰則の適用はありうる(例:刑法233条の信用毀損罪等)。
関連事例
- 東京地判平15・9・30 判時1843号143頁 iOffice 和解事件
- [1] 事実の概要
X(原告=株式会社ネオジャパン)およびY(被告=サイボウズ株式会社)は,いずれもコンピュータ・ソフトウェアの開発・販売等を業とする会社である。Yは,Xに対し,平成13年8月3日,Xが製作販売するコンピュータ・ソフトウェア(以下「Xソフト」という)が,Yの製作販売するコンピュータ・ソフトウェア(以下「Yソフト」という)の画面表示等に関してYが有する著作権を侵害したなどと主張して,Xソフトの製造販売等の差し止めおよび損害賠償を求めて提訴したところ,同事件については第一審において請求棄却の判決がなされ(東京地判平14・9・5 判時1811号127頁),さらにYは控訴したが,平成15年5月30日,東京高裁において裁判上の和解が成立した(以下「本件和解」という)。
M新聞社(訴外)は,本件和解成立の当日,「YとX,違法コピー裁判で和解」との見出し(ヘッドライン)を掲げて本件和解に関する記事(以下「本件記事」という)を,M新聞社のウェブページに掲載するとともに同新聞社の提供するメール・マガジンにて配信したものであるが,本件記事には「〔Xが〕違法コピーを事実上認めた」などの記述があったため,XはM新聞社に対し訂正を申し入れたところ,翌31日M新聞社により本件記事は訂正され,また6月2日には誤報訂正のメールが配信された。
M新聞社は本件和解についてYにのみ取材を行っていたのであるが,本件記事において「〔Xが〕違法コピーを事実上認めた」という記述がなされたのはYがM新聞社に対してその旨の虚偽の説明(告知)をしたためであり,また,YはM新聞社に対して「Xが非を認めた」旨の説明(告知)もしているとして,Xは,Yの上記説明(告知)が不正競争防止法2条1項14号〔のちの15号で現21号〕所定の不正競争行為に該当し,その結果,本件記事が掲載されてXの営業上の利益が侵害されたとして,Yに対し,虚偽陳述の流布の差し止め,1200万円余の損害賠償および謝罪広告を求めて提訴した。Yは,M新聞社に対して「違法コピーを事実上認めた」と告知した事実はなく,また,「Xが非を認めた」との説明については,「Xが非を認めたと判断した」と説明したのであって,主観的評価を表白したもので虚偽かどうかの問題は生じない,などとして争った。
- [2] 判旨
請求棄却。
Ⅰ 本件全証拠によっても,YがM新聞社に対し,本件和解においてXが違法コピーを事実上認めた旨の事実を告知したことを認めるに足りない。……〔取材を受けてY担当者がM新聞社に送ったメール(以下「Yメール」という)〕には「和解に至った理由は,Xが非を認めたと判断したためです。」との記載はあるものの,……「非を認めた」との文言が直ちに「違法コピーを事実上認めた」ことを意味するとはいえず,むしろ,……記載からすれば,Yは,この時点で,本件和解においてXの著作権侵害(違法コピー)が前提とされているとの認識を有していなかったことが窺われる。……M新聞社が,本件和解の内容を報道するに際し,Y側に対してのみ取材をし,X及びX訴訟代理人に対しては一切取材しなかったことからすれば,本件記事は,同新聞社の記者がYメールやプレスリリース文書の内容を誤解し,根拠のない憶測に基づいて作成した可能性も否定することはできないものというべきである。
Ⅱ Yメールの〔「和解に至った理由は,Xが非を認めたと判断したためです。」との〕記載は,Xが本件和解において「非を認めた」という事実を述べたものではなく,あくまで,Yの和解に至った理由ないし動機について言及したものである。すなわち,その理由として,YとしてはXが非を認めたと判断したからこそ和解に応じた旨のYの主観的な見解ないし判断を述べているにすぎないものと解される。そして,Yの主観的な見解ないし判断を述べている限りにおいて,Yメールの上記記載をもって,虚偽の事実の告知ということはできない。……本件和解条項において,〔「被控訴人(=本件のX)は,……参考の仕方に行き過ぎた点があったとの控訴人(Y)の主張を真摯に受け止め……」〕のような文言が入っていることを考慮すると,Xに対して著作権侵害を理由としてXソフトの製造等の差止め等を求めたYの立場からすれば,本件和解において,Xが非を認めたものと主観的に判断するに至ったとしても,そのこと自体は不合理とはいえないというべきである。したがって,Yが,報道機関の取材に対し,訴訟の一方当事者としてこのような主観的判断を述べたことをもって,虚偽の事実の告知ということはできないというべきである。
- [1] 事実の概要
- 東京地判平16・8・31 判時1876号136頁 ジャストホーム2家計簿パック事件
- [1] 事実の概要
X(株式会社ジャストシステム=本訴原告・反訴被告)は,コンピュータシステムの開発・販売等を目的とする会社であり,Y(松下電器産業株式会社[当時]=本訴被告・反訴原告)は,映像・音響機器,家電品,情報・通信機器等の製造・販売等を業とする会社である。Yは,発明の名称を「情報処理装置及び情報処理方法」とする特許権(本件特許権=第2803236号)を有している(平成元年10月31日出願,平成10年7月17日登録)。Xは,平成13年(2001年)から家庭向け統合ソフト「ジャストホーム2家計簿パック」(本件製品)を製造し,パソコン・メーカーや一般ユーザーに提供している(パッケージ版の発売は同年9月)。
Yは,平成13年5月以降,本件製品をプリインストールしたパソコンを販売していたA(株式会社ソーテック[当時]=訴外)に対し,書面または内容証明郵便により,本件製品が本件特許権を侵害するものとして当該パソコンの販売停止等を求め,さらに平成14年(2002年)11月7日にAおよびXに対しそれぞれ,本件特許権侵害を根拠として上記パソコンの販売差止めを求める仮処分命令を申し立てた(その後Aが前記パソコンの販売を中止したことで当該仮処分命令の申立ては平成15年6月に取り下げられた)。
こうした経緯を受けて,Xは,①本件製品の製造・譲渡等が本件特許権を侵害しないとして,YのXに対する特許権侵害に基づく差止請求権が存在しないことの確認を求め,また②YのAに対する一連の告知および仮処分命令の申立てが,不正競争防止法2条1項14号〔のちの15号で現21号〕の営業誹謗行為であるとして,上記行為の差止めおよび10万円余の損害賠償を求めて提訴(本訴),他方Yは,Xによる本件製品の製造・譲渡等が本件特許権を侵害するものとして,その差止め(本件製品の廃棄を含む)を求めて反訴を提起した。
- [2] 判旨
本訴につき却下・棄却,反訴につき棄却。
Ⅰ 〔本件特許権に係る本件発明の明細書中の特許請求の範囲にいう〕「アイコン」とは,「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの」であるのに対し,本件製品の「?」や「表示」,「プロパティ」及び「キャンセル」は,表示画面上にあり,処理機能を表示しているものの,デザイン化されていない単なる「記号」や「文字」であって,絵又は絵文字とはいえないことは明らかであるから,本件各構成要件における「アイコン」には該当〔せず,〕本件製品をインストールしたパソコンに表示される……ボタン等は,……本件発明の技術的範囲に属さず,同パソコンを製造等する行為は本件特許権を侵害しない。〔Yの反訴請求を棄却〕
Ⅱ⑴ Xはいわゆるソフトメーカーであり,Yはいわゆるハードメーカーである……が,一般にソフトウェアをプリインストールしたパソコンの販売が多いこと……などからすれば,両者は,競争関係にあると認められる。
⑵ 〔前記Ⅰのとおり〕本件製品は本件発明の技術的範囲に属さないのであるから,本件製品をプリインストールしたAのパソコンはYの本件特許権を侵害するものである旨の告知内容は,虚偽の事実に該当する〔が,〕このような場合であっても,告知した相手方が本件製品をプリインストールしたパソコンを販売する者であって,特許権者による告知行為が,その相手方自身に対する特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認められる場合には,違法性が阻却されると解するのが相当である。これに対し,その告知行為が特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも,競業者の信用を毀損して特許権者が市場において優位に立つことを目的とし,内容ないし態様において社会通念上著しく不相当であるなど,権利行使の範囲を逸脱するものと認められる場合には違法性は阻却されず,不正競争防止法2条1項14号〔のちの15号で現21号=以下同じ〕所定の不正競争行為に該当すると解すべきである。
認定……事実によれば,YのA対する告知及び仮処分命令の申立ては,〔その経緯や,〕いずれの通知の形式及び内容も,社会的相当性を欠くものとはいえないこと,Aは,当時は成長著しい企業であり,Yが弱小企業を狙い撃ちしたものであるとも認め難いこと……などの事情に照らせば,YのAに対する行為がXの信用を毀損してYが市場において優位に立つことを目的としたものとはいえず,内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず,権利行使の範囲を逸脱するものということはできない。
※ Xによる差止請求権不存在確認については,Yから差止めを求める反訴が提起されている以上訴えの利益を欠くとして,却下。
- [1] 事実の概要