知的財産法: 第7講
文化情報の保護
著作権制度の趣旨
- 権利の対象は「著作物」,その権利が及ぶのは「利用」
- さらにそうした著作物を伝達する者の創作に準ずる精神的活動や経済的投資を保護する(著作隣接権等)
- 権利発生や権利行使に係る手続は一切不要(無方式主義=著17条2項)
著作物
著作物の定義(著2条1項1号)
- 思想または感情の
- 創作的(創作性)
- 表現
- 文芸・学術・美術・音楽の範囲に属するもの
- ▼東京高判昭62・2・19 無体集19巻1号30頁(当落予想表事件)
「思想又は感情」とは、人間の精神活動全般を指し、「創作的に表現したもの」とは、厳格な意味での独創性があるとか他に類例がないとかが要求されているわけではなく、「思想又は感情」の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で現われていれば足り、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」というのも、知的、文化的精神活動の所産全般を指すものと解するのが相当である。〔週刊誌のための国政選挙の当落予想に関する記述について著作物性を認めた。〕
- ▼大阪高判平16・9・29 平15年(ネ)第3575号(積水ハウス事件)
著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は、……知的・文化的精神活動の所産であって、美的な表現における創作性、すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要し、通常のありふれた建築物は、同法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。
- ▼東京高判昭62・2・19 無体集19巻1号30頁(当落予想表事件)
著作物の例示(著10条1項各号)
- ⑴言語の著作物(小説・脚本・論文・講演など)
- ⑵音楽の著作物
- ⑶舞踊または無言劇の著作物
- ⑷美術の著作物(絵画・版画・彫刻など)
美術工芸品を含む(著2条2項)
- ⑸建築の著作物
- ⑹図形の著作物(地図または学術的な性質を有する図面・図表・模型など)
- ⑺映画の著作物
映画の効果に類似する視覚的または視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ物に固定されている著作物を含む(著2条3項)
- ⑻写真の著作物
写真の製作方法に類似する方法を用いて表現されている著作物を含む(著2条4項)
- ⑼プログラムの著作物
プログラム=コンピューターを機能させて一の結果を得られるようにこれに対する指令を組み合わせたもの(著2条1項10号の2)
※プログラム著作物を作成するために用いるプログラム言語・規約(プロトコル)・解法(アルゴリズム)には保護は及ばない(著10条3項)
- ㊟事実の伝達にすぎない雑報&時事の報道は著作物に該当しない(著10条2項)
特殊な著作物
- 二次的著作物
原著作物を翻訳・翻案することにより創作した著作物(著2条1項11号)
※二次的著作物の利用についてはその原著作物の著作権も及ぶ(著11条)
- 編集著作物
素材の選択または配列により創作性を有するもの(著12条)
- データベースの著作物
情報の選択または体系的構成により創作性を有するもの(著12条の2)
データベース=情報の集合体で,それらの情報をコンピューターを用いて検索しうるように体系的に構成したもの(著2条1項10号の3)
- ㊟編集著作物およびデータベースの著作物については,それぞれの部分を構成する著作物の著作権に影響を及ぼさない(著12条2項・12条の2第2項)
権利の目的とならない著作物
憲法,法令,国等が発する告示・訓令等,裁判(行政庁の裁決等を含む)およびこれらの翻訳物・編集物(国等が作成するものに限る)は,権利の目的となることができない(著13条)
著作物と似て非なるもの
- ①アイディア,仕組み等
表現のもととなるアイディア,ゲームのシステム等の仕組み,ドラマのプロット(枠組み,構成),推理小説のトリックなどは,表現とは言えない(ただし,具体的な表現にまで至っている場合は著作物たりえる)
- ②技巧,技法,雰囲気
絵画や音楽における技巧・技法や,作風・雰囲気なども具体的表現とは言えない
- ③キャラクター(character)
- ▼最判平9・7・17 民集51巻6号2714頁(ポパイ・キャラクター事件)〔後掲〕
関連事例
- 最判平9・7・17 民集51巻6号2714頁(ポパイ・キャラクター事件)
- [1] 事実の概要
米国会社X1(キング・フィーチャーズ・シンジケート社: King Features Syndicate Inc. =原告・被控訴人[附帯控訴人]・被上告人)は,その設立に係る同名別会社であった1929年以来,一時メディア複合企業X2(ハースト・コーポレーション: Hearst Corporation=原告・被控訴人・被上告人)に吸収合併されていた時期をも通じて,その従業員らをして,架空のキャラクターであるポパイ(Popeye)を主人公とする漫画 “シンブル・シアター(Thimble Theater)”(本件漫画)を職務上作成させ,これを複数の新聞または単行本に連載・掲載しており,本件漫画の著作権はX1が有していた。
Y1(株式会社松寺=被告・控訴人[附帯被控訴人]・上告人),Y2(大阪三恵株式会社=被告)およびY3(株式会社ポパイ=被告)はいずれも日本の会社で,それぞれ昭和45年(1970年)頃ないし昭和56年(1981年)頃から,ポパイと思しきキャラクターや「POPEYE」のロゴが付された服飾雑貨(腕カバー,マフラーおよびネクタイ)を販売していた。これらYらの行為につき,X1は本件漫画の著作権を侵害されたとして,X2の許諾の下わが国において「POPEYE」の題号で雑誌を刊行しているX3(株式会社マガジンハウス=原告)は当該雑誌のロゴの著作権を侵害されたとして,またX2から本件漫画のわが国における商品化事業を委ねられていたX4(有限会社アメリカンフィーチャーズ=原告・被控訴人・被上告人)はX2・X3とともにYらの不正競争行為によって営業上の利益を侵害されたとして,Yら当該雑貨の販売行為の差止め(図柄の抹消を含む)と合計3700万円余の損害賠償を求めて提訴した。
第一審(東京地判平2・2・19 昭59年(ワ)第10103号)は,キャラクター自体の著作権は否定しつつも本件漫画の著作権(複製権)侵害および不正競争に基づくYら各表示の使用行為に対する差止請求と,Y2に対する損害賠償請求の一部を認容。X1とY1双方が控訴。
原審(東京高判平4・5・14 平2年(ネ)第734号・第2007号)は,Y1の著作権保護期間満了の抗弁に対し,「本件漫画については、少なくとも、一連の完結形態を有するものとして発表された漫画毎に著作権が発生するものと解すべきであるから、その保護期間の起算日は、右一連の完結形態を有する漫画が発表された時が著作権法56条1項の『公表の時』に当たるものと解し、右発表の時から起算すべきものとするのが相当であるところ、本件漫画が少なくとも1989年4月28日の時点においても継続して著作、出版されていることは既に認定したとおりであるから、いまだ主人公ポパイの登場する本件漫画の著作権の保護期間が満了していないことは明らか〔である〕」と判示して,X1のY1に対する損害賠償につき一審判決を変更し控訴および附帯控訴に係るその余の請求を棄却。Y1が上告。
- [2] 判旨
破棄自判
Ⅰ 一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載漫画においては、当該登場人物が描かれた各回の漫画それぞれが著作物に当たり、具体的な漫画を離れ、右登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできない。けだし、キャラクターといわれるものは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないからである。
Ⅱ 一話完結形式の連載漫画においては、……後続の漫画は、……先行する漫画を原著作物とする二次的著作物と解される。そして、二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である。〔それらの〕著作権の保護期間は、各著作物ごとにそれぞれ独立して進行するものではあるが、後続の漫画に登場する人物が、先行する漫画に登場する人物と同一と認められる限り、当該登場人物については、最初に掲載された漫画の著作権の保護期間によるべきものであって、その保護期間が満了して著作権が消滅した場合には、後続の漫画の著作権の保護期間がいまだ満了していないとしても、もはや著作権を主張することができないものといわざるを得ない。
Ⅲ ところで、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうところ……、複製というためには、第三者の作品が漫画の特定の画面に描かれた登場人物の絵と細部まで一致することを要するものではなく、その特徴から当該登場人物を描いたものであることを知り得るものであれば足りるというべきである〔。認定事実から本件の図柄〕に描かれている絵は、第一回作品の主人公ポパイを描いたものであることを知り得るものであるから、右のポパイの絵の複製に当たり、第一回作品の著作権を侵害する〔が,右著作権は〕平成2年〔1990年〕5月21日の経過をもって……消滅したものと認められる。〔原判決を破棄し,一審判決に係るX1の差止請求を棄却。〕
※その他,著作権(複製権)の取得時効に関する判示等も含まれるが,割愛する。
- [1] 事実の概要