まずは右の搭乗券をご覧いただきたい。注目してほしいのは,搭乗者,つまり僕の氏名のカタカナ表記だ。
セキド コスケ
嗚呼,なんという情けない響きだろう! この頁をご覧のみなさんはすでにご存じだろうが,僕の氏名は セキドウ コウスケ である。本来ならそう記されるべきものがなぜ右のように情けないこととなってしまったのか,本題に入る前にまずはその所以(というか経緯)を少しく説明しよう。
航空各社のサービスのひとつにマイレージ・プログラムというのがあることは,テレビ等の CM でも広く知られているところだろう。一定期間の累積飛行距離(マイレージ)や各種提携サービスの利用に応じて無料航空券等がもらえるというものである。
僕もご多分に漏れず,というよりも仕事で飛行機を使う機会が激増するということもあって,友人に勧められるがまま,NorthWest社(NW)のマイレージ・プログラム“World Perks”に入会したのだが,その申込みのための頁ならびに利用方法説明の頁において――
なお誠に勝手ながら処理の都合上、ご記入はローマ字でお願いいたします。 お名前は、パスポートと同じ名前をご記入ください。
ノースウエスト航空、KLMオランダ航空、その他の提携航空会社のフライトをご予約の際には、会員証に記載されているとおりのご氏名とワールドパークス会員番号をお伝えください。(ご氏名はパスポートと同一でなければなりません)。
※ 下線による強調はいずれも関堂
という記述があったので,ちょっとイヤな気がしていた。なぜなら,僕のパスポートにおける氏名のローマ字表記が“Sekido, Kosuke”であることはすでに経験上知っていたし,そもそもその表記方法が僕の意に反しているものであったからだ ――果してその結果が件(くだん)の航空券だったわけだが…。
さて,NW は,マイレージ・プログラムその他のサービスにおいて,KLM オランダ航空 や 日本エアシステム(JAS) と提携している。したがって日本国内の路線を利用する場合,ほぼ必然的に JAS を使うということになるわけだ。そこで,JAS の航空券を早速予約する…。予約はもちろんサイバースペースで行う。インプット・フォームによる同社のチケットレス・サービス会員登録の頁においては,氏名を漢字で入力する欄もあるのだけれども…。あとになってわかったのだが,(ご覧の搭乗券のように)実際の航空券の予約においてはこの漢字表記は反映されず,英字表記のみが参照されてそれに基づいてカタカナ表記が付されているのであった(が~ん)。
“が~ん”とは大げさな感じを抱かせしめるかもしれないが,一番最初にこの“セキド コスケ”と記された航空券を羽田空港のカウンターで受け取ったときには,なんとなく予想はしていたものの,正直ショックだった。
「関戸さま,ご出発は本日の XXX便,お帰りもやはり本日の…」
「あのぅ… 僕,関堂 なんですけどねぇ。」
「申し訳ございません。コンピュータではローマ字で処理しておりまして…」
と謝るカウンターの女性に,思わず僕は
「いえ… 悪いのは 外務省 なんです…。」
と,半ば条件反射的に返していた。
NW は米国に本拠を置く国際線航路を主力とする航空会社であるからして,顧客の氏名をローマ字で管理するのは至極もっともな話であるし,その氏名にパスポートと同一の表記を要求する点も納得できる。一方 JAS については,たしかに漢字表記の氏名を入力させておきながらそれが反映されないというのは腑に落ちなくもないが,NW とのサービス上の提携においてそちらと同一のローマ字表記を要求する点は,肯首せざるを得ないだろう。
しかして,元凶はやはり外務省があのマヌケなローマ字表記を強要している点にあり,と断ぜざるを得ないのである。
パスポート(旅券)の発給を受けたことのある人ならご存じかと思うが,そこでの氏名のローマ字表記には,“イイダ”の“II”などの一部を除いて長音ないし二重母音は無視される。たとい申請の際に長音ないし二重母音を使って,たとえば僕なら“SEKIDOU”と書いたとしても,それは無視されて勝手に書き換えられてしまうのだ。
すなわち,カトウさん や サイトウさん はそれぞれ “カト”,“サイト”になってしまうし,ユウカちゃん は“ユカ”ちゃんとなんら区別がなくなってしまうのだ。このような“本人にとってはシャレにならない”ことを,外務省は平気でやってのける。僕の記憶が確かなら,旅券のローマ字表記において長音,二重母音が無視される理由は,事務の煩雑化を防ぐという点にあった(ある)ということだが…。この情報化社会のご時世にそんな理屈が罷り通るものだろうか? それとも,外務省の情報処理能力はそれほどオソマツなものなのだろうか?
ましてや個人の氏名なのである。“人が個人として尊重される基礎たる氏名を正しく呼称される権利”は憲法上の人格権の一内容を構成するのである(最判昭63・2・16民集42巻2号27頁: もっともこの判例は,氏名の不正確な呼称が不法行為を構成するかの要件については厳格に解している)。外務省の所業が直接民法上の不法行為を構成しないまでも,公僕が自ら進んで主権者たる個人の氏名につき一般世人をして不正確な呼称を誘発せしむるようなことをしでかして許されるものなのだろうか? ――否!!
実は,僕のパスポートは期限切れのため現在失効中である ――そう,今は亡きあの大きいサイズのパスポートなのだ。今年度から来年度にかけて久々に使おうか(外国に渡航しようか)とも思っているため,そろそろ申請しなおしたいところなのだが…。またあの情けない,マヌケな氏名表記を目にするのかと思うとゲンナリしてその気も失せかねない ――早く改めてくれよ,外務省。