知的財産法: 第9講
著作権の制限
著作権の制限
著作物は多くの人々の学術・文化そして精神の発展に寄与するもので,この点においては広く利用されることに重要な意義がある。それゆえ,一定の公正な利用については著作権(著作財産権)が制限され,そのような利用行為については著作権者の許諾を要せず,著作権の侵害とならない(ただし一部の利用行為には補償金を要する)。
権利制限については,アメリカ著作権法のフェアユース(fair use)の法理のような一般的抽象的権利制限規定もあるが,わが国ではこれと異なり,個別的具体的に権利が制限される場合を規定する。
- 【参考】 アメリカ著作権法107条 (17 U.S. Code § 107) - 排他的権利の制限:フェア・ユース
第106条および第106A条の規定にかかわらず、批評、解説、ニュース報道、教授(教室における使用のために複数のコピーを作成する行為を含む)、研究または調査等を目的とする著作権のある著作物のフェア・ユース(コピーまたはレコードへの複製その他第106条に定める手段による使用を含む)は、著作権の侵害とならない。著作物の使用がフェア・ユースとなるか否かを判断する場合に考慮すべき要素は、以下のものを含む。
- ⑴ 使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)。
- ⑵ 著作権のある著作物の性質。
- ⑶ 著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性。
- ⑷ 著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響。
私的な利用行為または利用の便宜に関する制限
- 私的使用目的複製(著30条)
→複製権が働かない〔原則〕(1項柱書き)
例外⑴: 権利が制限されない →複製権が働く(1項各号)- 公衆用に設置された自動複製機器を用いてする場合(1号)
※なお,もっぱら文書または図画の複製に供するもの(=いわゆるコピー機)は「自動複製機器」には含まれない(著附則5条の2)
- 技術的保護手段の回避による複製をその事実を知りながら行う場合(2号)
- 著作権侵害である自動公衆送信の受信によるデジタル方式の録音・録画(特定侵害録音録画)を悪意(重過失を含まず)で行う場合(3号・2項)
- 著作権侵害である自動公衆送信の受信によるデジタル方式の複製(録音・録画&軽微なものを除く=特定侵害複製)を悪意(重過失を含まず)で行う場合(著作権者の利益を不当に害しない特別な事情がある場合を除く)(4号・2項)
- 技術的保護手段(著2条1項20号)
- 電磁的方法により
- 著作権等を侵害する行為を防止または抑止する手段で
- 著作物等の利用に際しこれに用いられる機器が
- 特定の反応をする信号を記録・送信する方式(特定反応方式),または
- 特定の変換を要するよう著作物等を変換して記録・送信する方式(特定変換方式/暗号化方式)
例外⑵: 権利は働かないが補償金(3項)- デジタル方式の録音・録画
- ※特定機器や特定記録媒体の販売に際し補償金が上乗せされる(著104条の4)
- ※補償金徴収は指定団体による(著104条の2・104条の3)
- 一般社団法人私的録音補償金管理協会(SARAH)
- 一般社団法人私的録画補償金管理協会(SARVH)
※SARVH は下記訴訟後2015年に解散し,私的録画補償金については指定団体が暫時不在となっていたが,2022年10月に SARAH が指定を受け,録音・録画両方について徴収・管理することとなっている。
- ※汎用機器(付属機能としてデジタル録音・録画機能を備えるもの)が対象外であることの問題(著30条3項括弧書き後段)
- ▼知財高判平23・12・22 判時2145号75頁 (私的録画補償金事件)〔後掲〕
- 公衆用に設置された自動複製機器を用いてする場合(1号)
- 付随対象著作物の利用(著30条の2) ※いわゆる「写り込み」等
- 検討の過程における利用(著30条の3)
- 思想・感情の享受を目的としない利用(著30条の4)
- 技術開発・実用化のための試験の用に供する場合
- 情報解析の用に供する場合
- その他,表現についての人の知覚による認識を伴わずにコンピューターによる情報処理の過程において利用等する場合
- 引用による利用(著32条)
適法引用の要件:
- 引用する側とされる側とが明瞭に区別できること(明瞭区別性)
- 引用する側が主,される側が従の関係があること(主従関係)
※出所明示の義務(著48条)
- ▼最判昭55・3・28 民集34巻3号244頁(パロディ・モンタージュ事件)〔後掲〕
- 非営利目的上演・演奏・口述,公の伝達等(著38条)
※視聴覚教育施設等が映画の著作物の複製物を無償貸与する場合は補償金
※放送・有線放送のインターネット同時配信および追っかけ配信を,非営利目的・無料で受信装置を用いて(または通常の家庭用受信装置で)公に伝達することには権利が働かないが,放送・有線放送の終了後に開始される「見逃し配信」は除外される(=権利が働く)。
- 放送事業者等による一時的固定(著44条)
- 美術の著作物の利用(著45~47条の2)
教育ないし文化・教養に関する制限
- 図書館等における複製等(著31条)
- 教科用図書等・教科用代替教材への掲載等(著33条・33条の2)〔要補償金〕
- 学校教育番組の放送等(著34条)〔要補償金〕
- 教育機関における複製等(著35条)
※公衆送信の場合は要補償金(著35条2項・104条の11以下)
- 試験問題としての複製等(著36条)〔要補償金〕
バリアフリーに関する制限
- 教科用拡大図書等の作成のための複製等(著33条の3)〔要補償金〕
- 視覚障碍者等のための点字・音声等による複製等(著37条)
- 聴覚障碍者等のための文字等による複製等(著37条の2)
公共的な利用に関する制限
- 時事問題に関する論説の転載等(著39条)
- 公開の演説・陳述の利用(著40条)
- 時事の事件の報道のための利用(著41条)
- 裁判手続等における複製等(著41条の2)
- 立法・行政目的の内部資料としての複製等(著42条)
- 特許制度等における審査手続における複製等(著42条の2)
- 情報公開制度における情報開示のための利用(著42条の3)
- 公文書管理法等による保存等のための利用(著42条の4)
- 国立国会図書館によるインターネット資料およびオンライン資料の収集のための複製(著43条)
情報通信技術における利用に関する制限
- プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等(著47条の3)
- コンピューターにおける利用に付随する利用等(著47条の4)
- コンピューターによる情報処理およびその結果の提供に付随する軽微な利用等(著47条の5)
- ※これらの権利制限の一部については,翻訳・翻案等による利用も認められている(著47条の6)
- ※複製権の制限規定に基づいて作成された複製物に関しては,その譲渡権も制限される(著47条の7)
関連事例
- 最判昭55・3・28 民集34巻3号244頁(パロディ・モンタージュ事件)
- [1] 事実の概要
X(原告・被控訴人・上告人)はプロの山岳写真家で,Y(被告・控訴人・被上告人)はグラフィックデザイナーである。Yは,昭和45年(1970年)に,Xの撮影に係るオーストリアの山とそれを滑降するスキーヤーが描かれた写真(本件写真)と,タイヤメーカーのタイヤの広告写真とを合成したモンタージュ写真(本件モンタージュ写真)を作成し,公表した。
Xは,本件モンタージュ写真が本件写真の「偽作」(旧著作権法=明治32年法律39号=29条)すなわち著作権侵害であるとして,50万円の損害賠償と新聞への謝罪広告掲載を求めて提訴。これに対しYは,本件モンタージュ写真は同法30条1項第2にいう「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」に該当し,同条1項柱書きにより著作権侵害とならないなどとして争った。
第一審(東京地判昭47・11・20 昭46年(ワ)第8643号)は,Xの請求を全部認容。Yが控訴。原審(東京高判昭51・5・19 昭47年(ネ)第2816号)は,「Yは、本件写真を批判し、かつ、世相を風刺することを意図する本件モンタージュ写真を自己の著作物として作成する目的上、本件写真の一部の引用を必要としたものであることが明らかであると同時に、その引用の方法も、今日では美術上の表現形式として社会的にも受け容れられているフォト・モンタージュの技法に従い、客観的にも正当視される程度においてなされているということができるから、本件モンタージュ写真の作成は、他人の著作物のいわゆる『自由利用』(フェア・ユース)として、許諾さるべきもの〔であり,また〕他人が自己の著作物に原著作物を引用する程度、態様は、自己の著作の目的からみて必要かつ妥当であれば足り、その結果、原著作物の一部が改変されるに至っても、原著作者において受認すべきものと考えるのが相当であるから、本件モンタージュ写真における本件写真の引用がその同一性保持権を侵害するとして正当の範囲を逸脱するという考え方は成立しない」と著作権侵害を否定して一審判決を取り消し,請求棄却。Xが上告。
- [2] 判旨
破棄差戻し
〔旧著作権〕法30条1項第2……にいう引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解するのが相当であるから、右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきであり、更に、〔同〕法18条3項の規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許され〔ず,これを本件について見ると,〕本件写真の本質的な特徴は、本件写真部分が本件モンタージユ写真のなかに一体的に取り込み利用されている状態においてもそれ自体を直接感得しうるものであることが明らかであるから、Yのした前記のような本件写真の利用は、Xが本件写真の著作者として保有する本件写真についての同一性保持権を侵害する改変であるといわなければならない。
※ 環昌一裁判官の補足意見あり。
※ 本件はこの後第二次控訴審(東京高判昭58・2・23 昭55年(ネ)第911号)で控訴が棄却されたが再度上告され,第二次上告審(最判昭61・5・30 民集40巻4号725頁)で再び破棄差戻しとなり,第三次控訴審において和解が成立した。
- [1] 事実の概要
- 知財高判平23・12・22 判時2145号75頁 (私的録画補償金事件)
- [1] 事実の概要
X(私的録画補償金管理協会: SARVH =原告・控訴人)は,著作権者・実演家・レコード製作者のために私的録画補償金を受ける権利を行使し,上記権利者に分配すること等を目的とする社団法人(のち一般社団法人)であり,著作権法104条の2第1項に基づき文化庁長官から同項2号の私的録画補償金を受ける団体として指定を受けた指定管理団体である。Y(株式会社東芝=被告・被控訴人)は,電子機械器具製造業等を目的とする株式会社である。
Xは,Yの製造・販売に係る複数の DVD 録画機器(Y各製品)につき,著作権法30条2項(現3項)所定のデジタル方式の録音・録画の機能を有する「特定機器」に該当するものであるところ,Yには同法104条の5の規定する製造業者等の協力義務(Y各製品の販売に当たりその購入者からY各製品に係る私的録画補償金相当額を徴収してXに支払うべき法律上の義務)があるのにこれを履行していないなどと主張し,上記協力義務の履行として,または上記協力義務違反等の不法行為による損害賠償として,1億4600万円余の損害賠償を求めて提訴した。
第一審(東京地判平22・12・27 平21年(ワ)第40387号)は,Y各製品が特定機器に当たるとしつつも,「〔著作権〕法104条の5が規定する特定機器の製造業者等が負う協力義務は,……法律上の具体的な義務ではなく,法的強制力を伴わない抽象的な義務である〔と〕解され〔,〕したがって,Yが,Xに対し,法104条の5の協力義務として,Y各製品に係る私的録画補償金相当額の金銭を支払う義務を負うものと認めることはできない」として請求棄却。Xが控訴。
- [2] 判旨
控訴棄却。
Ⅰ 〔著作権法施行令1条2項3号柱書きの〕「アナログデジタル変換が行われた」との要件は,録音・録画機器におけるデジタル録音・録画媒体が採用している標本化周波数を定義づけるために用いられてきたとみるべきであ〔って,〕当該録音・録画機器によって録音・録画がされるために所定のアナログデジタル変換が行われることが規定されてきたというべきである。……当裁判所は,客観的かつ一義的に明確でない「アナログデジタル変換が行われた」の要件については,〔当該規定の制定・改正の〕経緯にかんがみて総合的な見地から解釈するならば,放送波がアナログであることを前提にしてこれについてアナログデジタル変換を行うことが規定されていると解するものであり,これを超えての範囲を意味するものと解することはできないと判断する。……著作権保護技術の実態〔と特定機器該当性との関係性については,〕私的複製が容易となっていたことが,録画補償金制度が法定される大きな要因であったことからすると,著作権保護技術の有無・程度が録画補償金の適用範囲を画するに際して政策上大きな背景要素となることは否定することができない〔ところ,〕3号が制定された当時の放送の実態は,著作権保護技術を伴っていなかったアナログ放送からのDVD録画であった〔のに〕対し,デジタル放送の実態は,デジタル技術の上に乗っているが故に,実効性があり強制力を伴う著作権保護技術が開発され取り入れられている〔。〕
Ⅱ 3号が対象とする録画源であるテレビ放送の複製権侵害の態様は一律ではなく,その中でもアナログ放送とデジタル放送とで質的に異なる様相を示すことを前提にして,施行令1条1項,2項に,客観的かつ一義的に明確でないながらも規定されている「アナログデジタル変換が行われた」との要件を,解釈し得る最小限の範囲で当てはめるならば,3号が追加された当時における録画源としての実態であって製造業者を含む大方の合意が得られた録画源であるアナログ放送から離れ,デジタル放送のみを録画源とするDVD録画機器が特定機器に該当すると解するのは困難といわざるを得〔ず,〕チューナーとしてデジタルチューナーのみを搭載する録画機器にあっては,録画される対象が「アナログデジタル変換が行われた影像」であるとの施行令1条2項3号の要件を充足しないから,同号所定の特定機器に該当するものと認めることはできない。
※ Y各製品は「特定機器」に該当しないから,著作権法104条の5所定の「協力義務」もなく,Xに対する不法行為責任も負わない。
※ 本判決を受けて主たる収入源であった補償金がほとんどなくなったことが影響して,Xは2015年に清算・解散した。
- [1] 事実の概要