コンテンツ知的財産論: 第5講
コンテンツ産業とビジネス
コンテンツ産業におけるビジネス
デジタル化されたコンテンツに関わるビジネスにあっては,さまざまな状況が従来からの変貌を遂げつつあり,産業構造も変化しつつある。ここでは,新たなビジネス領域・分野や従来には見られなかったサービス等について説明する。
プラットフォーム(platform)
- ①意義
本来は「台」「高台」「壇」の意味。鉄道の駅ではそのような台の上で旅客の乗降や荷の上げ下ろしなどが行われ,それによって人や荷物が乗降場としてのプラットフォーム(ホーム)を行き交うこととなるが,それに準えてコンピューターの分野にあっては,さまざまな機器,ソフトウェアまたはコンテンツ等を動作させたり供給したりするのに必要な「基盤」となるシステム,サービス等またはそれらの組合せを言う。
- ②相対性
プラットフォームとその対象とは相対関係であって,絶対的に何かをもってプラットフォームと位置づけることはできない。例えば,
- コンピューター・ソフトウェアのアプリケーション(application:応用ソフト)に対しては,OS(基本ソフト)がプラットフォームになる。
- OS に対しては,コンピューターのハードウェア(機器)がプラットフォームになる。
- インターネット上のアプリ・ストアにおいて販売・配布されるアプリケーションにとっては,当該アプリ・ストアがプラットフォームになる。
- 同様にインターネット上の音楽配信サイトにあっては,そこで販売・配信される音楽コンテンツ(データであったりストリーミングであったり)に対して,当該音楽配信サイトがプラットフォームとなる。
- 多くのユーザーを集めて文章・画像・動画といったさまざまなコンテンツを投稿させる SNS(ソーシャルネットワーキング・サービス=Twitter,Instagram 等)においては,個別に投稿されるコンテンツに対して当該 SNS がプラットフォームとなる。
こうしたプラットフォーム・ビジネスは,もちろん従来のアナログ時代から存在していた。その最も顕著な例は「出版」だろう。すなわち,小説にしろ漫画にしろ,さまざまなコンテンツをそれぞれ書籍にして供給する出版ビジネスは,個々のコンテンツに対してプラットフォームであると言える(音楽のレコード産業も同様)。
しかしながら,今般のデジタル化されたコンテンツにあってはプラットフォームは多様化し,より重要なものになっている。なぜなら,従来のアナログではコンテンツとプラットフォームのそれぞれの担い手の間には比較的強い関係性があり,コンテンツの市場への供給にはプラットフォームによるコントロールがあった。それに対して,現代のデジタル・コンテンツでは上記のような関係性やコントロールはさほど重要ではない。まさに駅のホームを大勢の人々が雑多に行き交うように,コンテンツが自在にやりとりされているのである。
クラウド(クラウド・コンピューティング)(cloud [computing])
- ①意義
ネットワーク(主にインターネット)を経由してユーザーにデータやサービスを提供する方法またはその仕組み。従来はユーザーの手元にあるコンピューター(ハードウェア)を用い,そこに収められたソフトウェア(プログラムやデータ)を利用するものであったが,それらの一部を手元ではなく外部のネット上のサーバー等(これを空の上の雲=クラウドに喩えていると言われる)に移すことでさまざまな利点があるとされる。
クラウドのサービスとして最も一般的なのが「バックアップ」である。ユーザーの保有するデジタル・データ(文書・画像など)をインターネット上に保存することで,ユーザーの手元にあるデータに支障が生じた際などにこれを補完するものとして機能する。例えば Apple が提供する iCloud は,同社製の iOS デバイスのバックアップの役割も果たす。
さらにこれを発展させて,クラウド上のデータやソフトウェアなどをユーザーに供給することでさまざまなサービスが展開されており(次項),また通信の高速化(移動体通信の「5G」や無線 LAN の「Wi-Fi 6」=IEEE 802.11ax)によりさらに大量のデータを瞬時にクラウドとやりとりできるようになって,いっそう充実したサービスが展開されようとしている。
- ②クラウド・サービス
- ⑴SaaS(Software as a Service)
インターネット経由で提供されるソフトウェア。ユーザーが自分のハードウェアにアプリケーションをインストールしなくても,必要な機能を利用することが可能になる。Google Apps,Microsoft Online Services など。
- ⑵PaaS(Platform as a Service)
インターネット経由で提供されるアプリケーション実行用プラットフォーム。仮想化されたアプリケーション・サーバーやデータベースがこれに当たる。ユーザー自身が開発したアプリケーションをここに置いて運用できることから,やや自由度が高くなる。Google App Engine,Microsoft Azure,AWS の Amazon S3 など。
- ⑶HaaS(Hardware as a Service) または IaaS(Infrastructure as a Service)
インターネット経由で提供されるハードウェアまたはインフラストラクチュア。仮想化されたサーバーやデスクトップ,共有ディスクなどが該当する。ユーザーが OS を含めてシステムを導入・構築できることから自由度が高く,実際のハードウェアで起こりうるトラブルを回避できるというメリットがある。AWS の Amazon EC2 など。
- ⑴SaaS(Software as a Service)
サブスクリプション(subscription)
- ①意義
元来は新聞・雑誌等の「予約購読」「定期購読」の意味だが,転じて,何らかの商品・サービスについて,個々の商品・サービスごとに対価を支払うのではなく,一定期間につき一定額の対価を納めることにより同種の商品・サービスが利用し放題になるというビジネスモデルを指すようになった。最近では,飲食,化粧品,高級服飾品といった商品・サービスの利用にもサブスクリプション方式を取り入れている事業者もあるが,メディア(媒体)を必要としないデジタル・コンテンツにあっては,以下のように今日とりわけ重要な供給・利用の態様となっている。
- 音楽配信
- 動画・映像作品配信
- 電子書籍・雑誌,ゲーム,その他
- ②利点と問題点
- ⑴利点
- 一定額以上の出費を免れる(利用すればするほどお得感がある)
- 有体物のやりとりをする必要がなく,いつでも利用したい時に利用できる(店舗の営業時間,移動の時間と手間などを考慮しなくてよい)
- 有体物のメディア(書籍・ディスク等)を保管するスペースが不要
- ストリーミングで提供されるものにあっては,コンピューター等のデバイスの記憶容量を圧迫しない
- ⑵問題点
- 利用しなくても料金が発生する
- 通信環境(ブロードバンド回線)が整っていないと利用できない場合が多い
- スマートフォン等の移動体通信での利用の場合,定められた通信容量を圧迫する場合がある
- 期間途中での解約の条件が厳しかったり,手続が面倒だったりする場合がある
- 有体物のパッケージに付随する作品解説・資料等が含まれない場合が多い
- サービス内容やユーザー側の環境によって,質(画質・音質等)が劣る可能性がある
- サービスまたはデータの提供者の事情や裁量によって,コンテンツの一部または全部の提供が一方的に停止されることがある(当該コンテンツの提供が受けられなくなる)
実際に,音楽作品・映像作品について,その演者に不祥事(犯罪の嫌疑等)があった際に,当該作品のサブスクリプションでの提供が停止された例が少なからずあり,利用者とりわけファンの一部ではこれに強く抗議する活動もなされた。また,サブスクリプション・サービスの提供者が当該サービスから撤退したような場合にあっては,資源(リソース)が手元にないためもはやコンテンツを愉しむことができなくなったり,仮にコンテンツのデータがユーザーの手元に残っていたとしてもそれを閲覧等する手段(アプリケーション等)が機能しなくなったりして結局愉しむことができないという状況が生じうる。
- ⑴利点
演習
- 旧来型のコンテンツ提供のビジネスモデルと新しいタイプのビジネスモデルとを,上記以外にも比較してみよう。またそうした変化によって,消費者(ユーザー)のコンテンツに対する意識も変わるだろうか,考えてみよう(旧来のコンテンツの提供と愉しみ方がどのようなものであったかについては,親など年長の人に尋ねてみよう)。