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法学ことはじめ (2)

法学の作法

法学に “作法” あり?

法学に実際に取り組むとなると,法律・法学に関する文書(法令そのものや論稿)を読んだり,あるいは自分で(レポート・論稿や試験答案として)書くという機会を得ることになります。こうした文書においては,通常の文章に関する事項 ――例えば,文の終わりに句点(。)をつけるとか,段落の冒頭は1マス空けるとか―― はもちろんのこと,法学に特有の約束ごともいくつか存在します。原則として教科書(概説書)などはそのような約束ごとに従って記述されていますからそれらを読む場合はその約束ごとを知っていることが前提とされますし,また,学生諸君がレポートや試験答案を作成する作業においてもそのような約束ごとに従うことがおのずと要求されます。いわば,こうした約束ごとは「法学の作法」ともいえるでしょうか。

実はこうした “作法” は,上記のように「知っている」ことが前提とされているにも関わらず,これらをきちんと教えられる機会はあまり多くありません ――もっとも本来は,法学部の学生あたりですとこれらは自分できちんと勉強すべきことであって,わざわざ先生に教えてもらうことではないのですが――。ここではそのような “作法” について,できるだけわかりやすく紹介していきましょう。

文献の参照

法学に限ったことではありませんが,他人の著作・編集に係る文献を自己の論稿において引用・参照する場合,注釈によってその出所を明示する必要があります ――これは著作権法上(32条・48条)の要請であると同時に,学問におけるマナーでもあります――。かつて私自身が法学の論文により多く接するようになってきた大学院生の時分に,他の研究科の院生から「法学系の論文は参照・引用が多いように見える」といわれて,「なるほどそうかもしれないな」と改めて思った記憶があります。そういう意味では,法学においてはこの参照・引用文献の情報をきちんと記述することが,他の学問分野におけるのよりも重要性を持っているといえるかもしれません。

引用・参照文献情報の記述方法は対象となる文献の種類によっていくつかのパターンがあります。主なパターンは以下のとおりです。

⑴ 書籍の場合
著者名 『書籍名』 出版社・発行年・頁
⑵ 書籍(単行本)掲載の論文の場合
執筆者名 「論文名」 編者・編著者名等 『書籍名』 出版社・発行年・頁
⑶ 定期刊行物掲載の論文の場合
執筆者名 「論文名」 定期刊行物名・巻号・頁
⑷ 書籍中の分担執筆部分の場合
編者・編著者名 『書籍名』 出版社・発行年・頁[執筆者名]

文献情報には上記のような各要素(特に “出版社・発行年・頁” などは一般に軽視されることがしばしばですが)が含まれることが要求されますが,必ずしもこれらとまったく同じ形式で記述する必要はありません。例えば,上記3の場合,ほとんどの法律関係の定期刊行物には略号が当てられていますから,定期刊行物名はその略号を使って表してもいいでしょう ――文献略号は雑誌『法律時報』(日本評論社)の毎年1月号に掲載されていますのでそちらを参照してください――。

なお,参照・引用する文献が外国のものである場合には別途書式があるのですが,さしあたりここでの説明は(初心者向けということもありますし)割愛します。

法条の参照

法律について論じる際に,対象となる法令の条文を引き合いに出すことは必要不可欠です。ここでは,法令条文参照の作法について説明しましょう。前回の 法学ことはじめ (1) でも述べたように,概説書や論文で法条を参照する場合は,読み手がその法条を知っていることを前提として構わない(むしろそうすべき)のです。具体的には――

独占禁止法においては,従来,持株会社が全面的に禁止されていたが,平成9年の改正によってこれが解禁され,さらに規制が緩和されつつある(独禁9条)。

――というように記述します。よく学生の試験答案やレポートでは,字数を稼ぐためなのか,わざわざ条文を全部書き写しているものもしばしば見受けられますが,多くの場合無用の長物でしかありません。上の例での下線による強調部分のように,参照すべき法令の名称と条文の数字だけを記載すればいいのです。

ところで,上記の例を見て気づいた人もいるかもしれませんが,法令の名称(題名)については常に正式なものを用いる必要はなく,論文等の本文中で用いる場合はその“略称”によって,また括弧を用いて法条を示す場合は“略号”によって,それぞれ記述するのが通常です。具体的な略称・略号の例は 講義ノート - 法学入門: 第1講 に掲げてありますので参照してください。

略称は法学の論稿のみならず一般のメディア等でも用いられることが多いので馴染みがあるでしょう(むしろそのような法令については,正式名称があまり知られていないものもあるかもしれません。)。このうち,略称については例えば e-Gov 法令検索 に掲げられた公定的なものもありますが,略号は六法(法令集)や法律文献の出版社によってしばしば定められます。したがって,そうした略称・略号を自己の論稿で用いる際は,前掲の e-Gov 法令検索 や六法に含まれている “略号一覧” などを参照して確認しましょう。

新しい法令には,略号がまだ割り当てられていなかったり,六法(出版社)によってまちまちだったりすることがあり,文書中に出し抜けに略号を用いるのが憚られることもあります。そのような法令名を用いる際には――

電子署名及び認証業務に関する法律(以下,条文参照に際しては「電子署名~条」などとする。)

――というように,念のために,まずは法令の正式名称を掲げておいて括弧書きで “以下「○○」とする” などと断りを入れておけばいいでしょう。なお,場合によっては法令の改正前の条文を参照する必要が生じることもあり,そのような場合には,以下の例のように公布(改正)の年とその法令番号 ――これらは六法(法令集)等では法令の題名に続いて(改正については改正履歴として)記載されています―― を併せて用いるなどして,どの時点での条文を参照すべきなのか明確にしましょう。

戦前の民法(昭和22年法律222号改正前。以下,条文参照に際しては「民旧~条」などとする。)では,……

ところで,上の例でもわかるように法条の数字の前には「第」をつけなくても構いませんが,「条・項・号」はできるだけ用いるようにしましょう。概説書では“民94-(2)”などのようにしばしば略号を用いて記述する場合もありますが,それはあらかじめ凡例でそのように略することを示していることが前提になっています。そうした前提をわざわざ設けるのであれば別段,通常は上記の例のように“民94条2項”などときちんと記したほうが無難です。なお,法令の改正により,“民法817条の2”(“817の2条”でない点に注意)のように条・項・号に枝番がつく場合がありますが,そのような枝番に続けて数字を(例えば条の枝番に続けて項数を)書き記す必要があるときは,“817条の32項”というようにあえて「第」を用いるのが慣例となっています。

裁判例の参照

法学においては裁判例(判例)を参照することが重要であるということは,法学ことはじめ (1) でも触れたとおりです。そして,その裁判例を論稿・文書において引き合いに出す場合にも,一定の作法があります。裁判例の記述の仕方については,講義ノート - 法学入門: 第2講 を参照してください。

ところで,とりわけ法学部の試験においては,ほとんどの場合判例の検討が必要とされながらも判例付六法の参照が禁止されますから,試験問題で実際に上記の情報をすべて掲げるのは難しいといわざるを得ません(あらゆる裁判例について判例集のポインタまで覚えておくことは,どだい不可能です。)。したがってそのような試験において必要な情報は,まず裁判所と裁判の種類そしてできれば日付までを覚えておいて,「最高裁昭和45年7月24日の判決」などというように記述しましょう。それでも勉強を進めていくと重要な裁判例に接する機会がどんどん増えていき,日付を記憶しておくことも難しくなるでしょう。そうした場合は,せめて“年”だけでも覚えておいて「昭和45年の最高裁判例」などとしましょう。そして最悪“年”も覚えていない場合は,「~とした判例(裁判例)がある」というように,せめてそれが裁判例であることだけでも指摘しておきましょう。