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パブリシティ権の再構成


Ⅰ.パブリシティ権を再構成する意義(問題の所在)

1.パブリシティ権を巡る従来の議論

パブリシティ権(パブリシティの権利,right of publicity)は,つとに知られているように,アメリカの判例(Haelan Laboratories, Inc. v. Topps Chewing Gum, Inc., 202 F.2d 866 [2nd Cir. 1953])に端を発し,わが国においてもいわゆる「マーク・レスター事件」(東京地判昭51・6・29判時817号23頁)を契機とし,その後東京地判平1・9・27判時1326号137頁(光GENJI事件)や東京高判平3・9・26判時1400号3頁(おニャン子クラブ事件控訴審)などの事例を経て認められるようになった私法上の権利である。

わが国の学説にあっては,阿部教授の論文 1) を(「パブリシティの権利」を正面から扱ったものという点で)嚆矢とし,1998年には著作権法学会秋季研究会において「パブリシティの権利」をテーマとしたシンポジウムが開催されるに至っている 2)

パブリシティ権ないしパブリシティの権利に関するわが国の学説は,特に譲渡性・相続性,権利の存続期間,侵害からの救済手段(差止請求の可否)等について実定法(明文にないものを含めて)上の根拠をどこに求めるかといった点を中心に,その出自であるアメリカにおけるのとは別の,いわば独自の発展を遂げてきたということができるであろうが,その議論は以下の二つのアプローチに大別できよう。

(1) 人格権ないし人格的利益からのアプローチ

「人的属性アプローチ」とも称される 3)。これは,パブリシティ権とその出自である人格権との関係を重要視し,氏名・肖像といった人的属性の財産価値(パブリシティ権)を人格価値(プライバシー権)との関係という側面から考察することによってパブリシティ権の基本構造を明らかにしようという考え方である 4)

人格権ないし人格的利益を基礎とすることから差止請求権の根拠という点で強みがあるが,他方この立場よれば,パブリシティ権の目的となる情報は人格に関するもの,すなわち人の氏名・肖像等に限られることとなり,またこれを行使しうる権利主体はそれら氏名・肖像等の主体のみで相続性・譲渡性は原則として否定されることとなる。もっともこの点につき渡邉助教授は,パブリシティ権(人格的利用権)をドイツの著作権一元論とのアナロジーにおいて捉えることにより,その「制限的譲渡」の可能性を見出しておられる 5)

しかしながら,やはりこの人格権ないし人格的利益からのアプローチを採るとすれば,それ以外の属性,すなわち「物」のパブリシティ権は切り捨てることとなる。この点につき,後述する万物属性アプローチからは「〔パブリシティ・バリュウという〕経済的利益や価値を,専ら個人だけのものと考えることは狭すぎる」という批判がなされてきている 6)

また最近こうした批判に呼応するかのように,実在する有名な競走馬の名称を使用したビデオ・ゲームの制作会社に対して当該競走馬の馬主らが名称使用の差し止めと損害賠償を請求する訴えが提起されたことから,人的属性以外の情報で顧客吸引力を得たものに関する権利・利益の如何がにわかにクローズアップされてきた 7)

(2) 識別標識保護ないし対不正競争保護からのアプローチ

「万物属性アプローチ」とも称される。パブリシティ価値の本質を純粋な経済価値として捉えたうえで,パブリシティ権の客体の対象範囲を人的属性に限定せずに,著名であるゆえに顧客吸引力を有する建物・動物・事業など非人的な特徴的属性をも包含する考え方である 8)

この立場は,前述の競走馬のケースのごときいわゆる「物のパブリシティ権」を論ずるに適するものの,侵害に対する救済手段としての差止請求権の根拠が(少なくとも裁判実務上は)脆弱であるといわざるを得ない。この点について井上助教授は,パブリシティ権の根拠として商品等表示に関する不正競争防止法2条1項1号の混同防止規定を据えることによって,同法から差止請求権を導き出すことでこれを克服しようとしておられる 9)。ただこれに対しては,不正競争防止法2条1項1号所定の要件を満たすのであれば同法条をストレートに適用すればよいのであって,そうしたケースではパブリシティ権を云々するまでもないとする批判もあろう 10)

2.本稿の目的

いずれにしても従来の議論は,主に,①著名人の死後の権利の存否ないし権利存続期間,②相続性・譲渡性,③差止請求権の有無とその根拠,さらには④物についてのパブリシティが認められるかなどの帰結的要素から遡って理論づけられることが多く,権利の性質・構造等が根本から説明される機会が少ないといわざるを得ない。

そこで本稿では,改めて「パブリシティ権」ないし「パブリシティの権利」の意義,要件,効果を理論的に再構成することで,上記の問題点を包括的かつ体系的に処理できないかどうか試みるものである。

Ⅱ.情報コントロール権としてのパブリシティ権

1.パブリシティ権における利益

そもそも“権利”とは「一方が他方に対し一定の作為または不作為を求めることが規範によって正当視されるとき,そのことによって一方が得る利益」であると説明されるが 11),そうであれば,パブリシティ権において権利主体はどんな作為・不作為を求め得てどのような利益を得るであろうか。権利の主体および客体については後述するとしてひとまず措き,まずこの権利の効果・作用から捉えてみよう。

パブリシティ権によってそれを行使する者が得られる利益とはいったい何であろうか――従来の裁判例等から判ずるに,「氏名・肖像といった顧客吸引力(経済的価値)のある情報 12) を他人に使用してもらうことで経済的利益を得ることである」と表せよう。ここで重要なのが「情報を他人に使用してもらう」という点であり,すなわちこれは「情報のコントロール」を意味するものと捉えることができる。要するに,パブリシティ権とは「(一定の)情報をコントロールする権利」であり,より具体的には,「顧客吸引力を獲得した一定の情報(名称・姿態等)を,権利者(権限を有する者)が,コントロールする(それによって当該情報に化体された顧客吸引力をコントロールする)ことを内容とする権利」であると位置づけられるのではなかろうか。

2.プライバシーの権利との関係

ところで,パブリシティ権はしばしば“プライバシーの権利”と対になって,「コインの表裏」 13) というように説明される。そのプライバシーの権利は,もともと「ひとりで放っておいてもらう権利」 14) として消極的に捉えられていたものが,社会の高度情報化に伴い「自己に関する情報をコントロールする権利」としてより積極的な意義を与えられるようになったものである 15)。プライバシーの権利が「情報のコントロール」を内容とするのであれば,これと表裏の関係にあるパブリシティ権の内容もまた「情報のコントロール」にあると捉えることは適うのではなかろうか。もっとも後述するように,パブリシティ権の目的となるべき情報がプライバシーの権利の目的となる特定個人の自己情報に限られずその他の情報をも含むとするならば,両者は表裏ピタリと重なっているわけではないこととなる点には注意を要する 16)

Ⅲ.パブリシティ権の構造と要件

1.構造の詳細

上記のようにパブリシティ権を「情報コントロール権」として捉えたとき,その構造をどのように説明できるだろうか。これを段階的に整理すると,①氏名・肖像等の一定の情報(以下,このようなパブリシティ権の目的となりうる情報を「パブリシティ情報」という。)があり,②そのパブリシティ情報に顧客吸引力(パブリシティ価値)が備わった場合において,③その情報を用いることによって当該情報に備わった顧客吸引力をコントロールする,となる。

この点につき,パブリシティ権の本質は顧客吸引力そのものであって情報の如何とは関係ないとの主張もあるかもしれない。しかし「顧客吸引力」それ自体をコントロールすることは不可能である。すなわち,どれほど著名人が顧客吸引力を得ていたとしても,その氏名や肖像といった情報の表示・流通なくしてはその力を発揮することはできない。パブリシティ権の本質は,あくまで顧客吸引力が備わった(あるいはこれが化体した)一定の情報をコントロールすることであると考えられる。

2.客体情報と侵害態様

次に,いかなる情報がパブリシティ情報すなわちパブリシティ権の目的(客体)となるのか,そしてその情報をどのように用いること(態様)がパブリシティ権の侵害となるのかを検討する。

まずその前提として,法学一般において通常用いられる「権利主体」(パブリシティ権について誰が権利主体たりえるかは次節にて検討する。)の概念とは別に,本稿では「情報主体」という仮定概念を用いる。これはすなわち,パブリシティ情報に係る主体ないし本体のことであり,例えばある動物の名称や姿態がパブリシティ情報であるとすれば,当該動物そのものが「情報主体」ということである。法学において「主体」は人たることを要することからするとこの「情報主体」は厳密には「主体」といえないであろうが,本稿においては便宜上この言葉を用いることとする。この仮定概念を用いて「権利主体」と「情報主体」とを分けることで,人的属性以外の情報に関するパブリシティ権の如何やパブリシティ権の譲渡性を説明することができると考えるものである。

(1) パブリシティ情報の要件

a.情報主体と他の対象とを識別できる情報がある。

まず,ある人や物に関する情報が具体的にその情報主体(人や物)と他の対象(人や物)とを識別する機能を有していなくてはならない。もっともこの点は情報のタイプ(氏名であるとか肖像であるとかの区別)により一義的に定められるものではなく,ある情報が識別性を有しているかどうかは(他の情報との組み合わせ如何によっても)個別具体的に判断されることになろう。同様に,著名人の履歴・業績のような情報についても,顕著であるものはそれだけで識別性を有する可能性があると考えられる 17)

また,例えば特定の著名人に似ているか否かが判断しにくいイラストレーション(似顔絵)や「あの有名俳優も使っている!」というフレーズが広告等に用いられているようなケースでは,とりわけこの自他識別性の有無がメルクマールになるのではないかと考えるものである。

b.当該情報が情報主体と相当の関連性を有する。

情報がその情報主体と関連性を有し,なおかつそれが相当程度でなくてはならない,すなわち,一般人が当該情報によってその情報主体を直接的に想起・連想しうる程度でなくてはならないということである。

ところで,自他識別性を有する情報は通常はその情報主体を直接想起させるものであり,ゆえに相当関連性を有していると推定していいだろう。しかしこの推定は覆る可能性がある。すなわち,何らかの情報が当該情報主体を直接想起させる以上の,またはこれとは別の機能を有している場合には,相当関連性が遮断され(あるいは弱められ),それゆえその情報が情報主体から離れていわば一人歩きをすると捉えうるケースがある点に留意しなければならない。例えばある著名人の肖像がその者の業績(作品等)の装丁等(外観やジャケット)に用いられている場合であっても,当該装丁等が(著名人ではなく)業績そのものを識別・特定する機能を有するに至ったときは,相当関連性が失われるのである 18)

c.当該情報が顧客吸引力を獲得する。

a. b. のような自他識別性および相当関連性を有する情報が顧客吸引力を得ていること――パブリシティ権が顧客吸引力の備わった情報をコントロールする権利であることからして,当然である。自他識別性および相当関連性を有する情報であってもそれに顧客吸引力が備わっていなければ,パブリシティ情報たりえない。

(2) 客体情報と侵害態様との関係

では,そのパブリシティ情報をいかに用いることがパブリシティ権の侵害となりうるのであろうか。筆者はこの関係,すなわちパブリシティ権侵害における「パブリシティ情報」と「その利用態様」(あるいは「パブリシティ情報をコントロールすることを内容とする利益」と「当該利益に対する侵害行為の態様」)との関係を,不法行為法における違法性論の「被侵害利益(の種類)」と「侵害行為の態様」との相関関係になぞらえて捉えられるのではないかと考えるものである 19)

民法709条の「権利侵害」要件は,大判大14・11・28民集4巻670頁(大学湯事件)を契機として「違法性」へと読みかえられるようになったのであるが 20),この違法性論においては,「被侵害利益(の種類)」と「侵害行為の態様」との相関関係によって不法行為の成否が決せられるとされている 21)。すなわちここでは,「被侵害利益」が①所有権・占有権・知的所有権等の物権的権利,②債権的権利,および③身体・自由・名誉(民710条)等の人格権的権利,という類型に,他方「侵害行為の態様」が,①刑罰法規違反となる行為,②行政上の取締法規に違反する行為,③法規に直接違反するのではないが公序良俗に違反する行為(権利濫用も含む),および④作為義務違反(不作為による不法行為),という類型にそれぞれ分類され,「被侵害利益」が物権のように強固なものであれば「侵害行為の態様」が刑罰法規に抵触する程度に至っていなくとも不法行為が成立するが,他方,「被侵害利益」が法律上明確に権利とされるに至らない程度の利益に対しては「侵害行為の態様」が刑罰法規に反する程度でなければ不法行為が成立しないというのである。

この違法性論の類型に倣い,パブリシティ権侵害における「パブリシティ情報」と「その利用態様」の分類を試みると,おおむね以下のごときになろう。

a.パブリシティ情報
b.パブリシティ情報の利用態様
b-1.主観的態様
b-2.客観的態様

そして,上記 a. と b. との相関関係によって,すなわち a. パブリシティ情報が①のように強固なものであれば b. 情報の利用態様が b-1. または b-2. の③に掲げた程度のような場合でもパブリシティ権侵害が成立するが,a. パブリシティ情報が③のように主体との関連性において弱いものであるときは b. 情報の利用態様が b-1. または b-2. の①に掲げた程度に達していなければパブリシティ権侵害が成立しない,というように判断できるのではなかろうか。

3.権利主体要件

では,上に述べたようなパブリシティ情報をコントロールする権利の主体,すなわちいったいこれを誰がコントロールできるのか,あるいはこれをコントロールする(ひいては情報をコントロールすることでそれに備わった顧客吸引力をコントロールする)ことが正当視される者はいったい誰であるか。

前記 2 の冒頭で述べたように,筆者はパブリシティ権に係る情報主体と権利主体とを別個に捉えるべきであると考えるものである。こうすることによって,人的属性情報にあっても著名人本人以外の者がこれをコントロールできるか否かという問題(前記 Ⅰ2 に掲げた論点でいえば,①著名人の死後の権利の存否ないし権利存続期間,および②相続性・譲渡性について)や,さらには非人的属性情報(同じく,④物についてのパブリシティ)についての問題を含めて,パブリシティ権の主体と客体との関係を包括的に説明できる。

以下,この点についても,情報主体と権利主体との関係を類別し,各類型ごとに検討する。

(1) 情報主体と権利主体とが同一である場合

パブリシティ情報が人的属性を持つもので,かつ当該情報の情報主体自らがこれをコントロールすることは,当然に正当視されるであろう。著名人が自己の氏名・肖像をコントロールするごときであり,従来からパブリシティ権の典型とされるパターンである。

(2) 情報主体と権利主体とが同一でない場合

a.人的属性パブリシティ情報

人的属性パブリシティ情報について,情報主体以外の者が当該情報をコントロールすることが正当視される場合には,その者をパブリシティ権の権利主体と見ることができるだろう。これをさらに具体的に分けると以下のようになる。

① まず,情報主体本人から情報をコントロールする権限を委ねられている場合を挙げられる。この場合において権利主体は,情報主体から委ねられた権限の範囲内で,自己の権利としてパブリシティ権を行使できることとなり 22),これによって,例えば芸能人の所属事務所等が当該芸能人のパブリシティ権を管理・行使することができると考えるものである。

② さらに,死亡した著名人のパブリシティ情報については,当該著名人の遺族のように当該著名人(情報主体)または当該情報に密接に関連する者が当該情報をコントロールしうると考えうる。この場合の遺族が有するパブリシティ権は,当該著名人のパブリシティ権を相続するというよりは,当該遺族が固有の権利として死者の情報に関するパブリシティ権を有するとみるべきであろう。

b.非人的属性パブリシティ情報

他方,非人的属性パブリシティ情報については,その者とパブリシティ情報(情報主体でない点に注意)との関連性如何によってさらに細分できる。

① その者がパブリシティ情報と直接的または密接な関連性を有する場合(例えばパブリシティ情報が動物の名前である場合のその動物の名付け親など)は,その者が当該情報をコントロールすることが正当視されるであろう。もちろん,そのような情報が商標ないし不正競争防止法上の商品等表示となりうる場合はそれらの権利の目的とすることも可能であろうが,そうした要件を満たし得ないようなケースにおいては,パブリシティ権に依ることが有用と思われる。

② その者が(パブリシティ情報自体とは特に関連性を有しないが)情報主体と何らかの関連性を有する場合についても,その者が権利主体となりうることがあるのではなかろうか。ただここで留意しなければならないのは,どれだけ(程度・質)情報主体との関連性があれば権利主体たりえるか,という点である。人と(人にあらざる)情報主体との関わりの態様としては,情報主体の (a)生産・製作,(b)維持・保守・管理,(c)所有・占有などを挙げることができるだろう。このうち(a)ないし(b)をなす者にあっては,その程度によっては当該情報主体に係るパブリシティ情報をコントロールすることが正当視されうる可能性もあるものと考えるが,他方(c)のように単に情報主体たる物を所有・占有しているというだけではその正当性を見出しがたいといわざるを得ない 23)(もっとも,この点は個別具体的に判断されるべきものである)。

Ⅳ.侵害からの救済(差止請求権の根拠)

ところで,上記のようにパブリシティ権を(いったん人格権ないし人格的利益と切り離して)構成した場合,その侵害に対する実効ある救済手段としての差止請求権の根拠をどこに見出すかについてが,やはり問題となる。

民法上,一般不法行為(民709条)に対する救済手段は金銭賠償を原則とし(722条1項・417条の準用),名誉侵害(710条)について例外的に名誉回復措置(723条)が認めてられている。判例は,排他的権利としての人格権の侵害に対しては差し止めを認めるが 24),排他性のない権利・利益にはこれを認めない。また,近時の不法行為法の学説においては,とりわけ公害や環境利益に対する侵害からの救済に関して「救済の実効を図るには差し止めを認めるべき」という見解も有力ではあるが,環境利益が人の生命・身体に密接に関連する(いわば人格権的である)のに対し,情報に関する権利・利益はあくまで財産的なものである点に留意せねばなるまい。

他方,知的財産権のように財産的権利としてその救済手段に差し止めが認められるのは,その客体たる知的財産に強力なコントロールを認めることによって財産的利益確保の実効性をあげる目的が存するからであって,その反面そのような強力なコントロールを許す要件(客体や侵害態様について)を明確に定め,あるいは一定の条件の下でコントロールに制限をかけることによって自由な情報の流通を妨げることのないよう図られている。それゆえ既存の知的財産法体系の中に位置づけられない以上はその救済手段としての差し止めも認められないとするのが一般的見解である 25)

パブリシティ権が“情報をコントロールする権利”であるならばやはりその実効性を得るために差し止めという救済手段に依りたいところであるが,現段階ではいまだ上記の点を克服できずにいる次第である。この点は今後の検討課題としたい 26)

Ⅴ.おわりに

以上,差止請求権の根拠に関して課題を残す形になったが,パブリシティ権を情報コントロール権と位置づけて,さらに情報主体と権利主体とを分離することで,権利の構造ならびにその主体および客体についての検討と整理を試みた。

情報の形式およびその利用・流通が多様化しつつある今日の社会にあって,すでに具体化している著名人の業績に関する表示(ジャケット写真等)が問題となった事例 27) や前述の競走馬に関する事例以外にも,例えばすでに死亡している著名人の情報が問題となるケース等が今後出現するであろうことは想像に難くない。その意味においても,パブリシティ権を再構成することは意義深いといえるのではなかろうか。


注釈

1) 阿部浩二「パブリシティの権利と不当利得」『注釈民法(18)』554頁。

2) シンポジウム「パブリシティの権利」(阿部浩二 司会)著作権研究26号・1頁。

3) この「人的属性アプローチ」および次項の「万物属性アプローチ」の用語は,いずれも内藤篤・田代貞之『パブリシティ権概説』木鐸社・1999年・25頁以下,同55頁以下による。

4) 渡邉修「人格要素の財産的利用 ―ドイツにおける氏名・肖像の保護を中心として―」著作権研究21号・1頁,大家重夫「人格権とパブリシティ権」特許研究10号8頁,斉藤博「氏名・肖像の商業的利用に関する権利」特許研究15号・18頁,内藤・田代前掲 3) 116頁など。アメリカにおいては, Prosser, Privacy, 48 Cal.L.Rev. 383 (1960) および McCarthy, The Right of Publicity and Privacy (1987), §1.5 [D] などがこの立場を採ると解される。

5) 渡邉前掲 4) 23頁以下。

6) 牛木理一『キャラクター戦略と商品化権』発明協会・2000年・496頁など。

7) 競走馬の名称が問題になった事例としては,①名古屋地判平12・1・29判タ1070号233頁(ギャロップ・レーサー事件)およびその控訴審である②名古屋高判平13・3・8判タ1071号294頁,ならびに③東京地判平13・8・27判時1758号3頁(ダービー・スタリオン事件)およびその控訴審である④東京高判平14・9・12判時1809号140頁がある。特に①と②は,差し止め請求こそ否定したが「物のパブリシティ権」を認めた判決として注目されている。

8) 牛木前掲 6) 496頁,伊藤真「物のパブリシティ権」田倉整古稀『知的財産をめぐる諸問題』発明協会・1996年・507頁以下などがあり,アメリカでは,M. Nimmer, The Right of Publicity, 19 Law & Contemp. Probs. 203 (1954) がその代表例である。

9) 井上由里子「パブリシティの権利の再構成 ―その理論的根拠としての混同防止規定―」『筑波大学大学院企業法学専攻十周年記念・現代企業法学の研究』信山社・2001年・127頁。

10) 佐藤恵太教授による2001年学界回顧(法律時報912号(2001年12月号))のコメントがまさにその点を指摘する。

11) 竹内昭夫・松尾浩也・塩野宏ほか編『新法律学辞典・第三版』有斐閣・1989年。

12) 「情報」という言葉については,法律学上確定した定義はない。一般的には,例えば広辞苑(第五版)は「①あることについてのしらせ ②判断を下したり行動を起したりするために必要な,種々の媒体を介しての知識」とし,大辞林(第二版)は「①事物・出来事などの内容・様子。また,その知らせ。②(information)ある特定の目的について,適切な判断を下したり,行動の意志決定をするために役立つ資料や知識。③機械系や生体系に与えられる指令や信号。例えば遺伝情報など。④物質・エネルギーとともに,現代社会を構成する要素の一。」とする。また新明解国語辞典[第五版]は「ある事柄に関して伝達(入手)されるデータ(の内容)。〔通常は,送り手・受け手にとって何らかの意味を持つ(形に並んでいる)データを指すが,データの表わす意味内容そのものを指すこともある。さらに,そのデータをもとにして適切な決定を下したり行動をとったりするという判断材料としての側面に重点を置く場合も多い。また,個別のデータが生のまま未整理の段階にとどまっているというニュアンスで用いられることもあり,知識に比べて不確実性を包含した用語〕」と説明しており,ここでも定義が確定していないといえよう。なお,情報学においては,「ある現象に関して認識されていること,またはその一部」(情報システムハンドブック編集委員会『情報システムハンドブック』培風館・1989年)と説明されているようである。

13) Nimmer, op.cit.8), at 204.

14) Warren & Brandeis, The Right to Privacy, 4 Harv.L.Rev. 193 (1890)。なお,その後 Prosser, op.cit.4), at 406 がプライバシーの第四類型としてパブリシティ権を位置づけたことはつとに知られているところである。

15) Miller, Arthur R., The Assault on Privacy, Ann Arbor 1971, p.25. 佐藤幸治「プライヴァシーの権利(その公法的側面)の憲法論的考察」法学論叢86巻5号および87巻6号・1970年,同「現代社会とプライバシー」『現代損害賠償法講座2』日本評論社・1972年および松井茂記「プライヴァシーの権利について」法律のひろば41巻3号・1988年など。

16) パブリシティおよびプライバシーの両権利の関係ならびに次章で説明する権利の構造のそれぞれのイメージについては,2002年12月7日の著作権法学会秋季研究会の個別報告において配布したレジュメ(http://www.sekidou.com/articles/20021207.shtml)所掲の図を参照されたい。

17) 関堂幸輔「パブリシティ権に関する一考察 (1) ―その客体について―」東京情報大学研究論集5巻2号66頁(http://www.sekidou.com/articles/publstd1.shtml においても閲覧可能)。

18) 拙稿前掲 17) 67頁。なお,後掲 27) のキング・クリムゾン事件をも参照。

19) 関堂幸輔「パブリシティ権に関する一考察 (2) ―その侵害の態様について―」東京情報大学研究論集6巻1号39頁(http://www.sekidou.com/articles/publstd2.shtml においても閲覧可能)。

20) この「違法性論」はその後の判例・学説の圧倒的支持を得て確固たるものとなった。この点については,末川博『権利侵害論』日本評論社・1930年,加藤一郎『不法行為〔増補版〕』有斐閣・1974年・37頁などを参照。もちろん,鳩山秀夫『増訂日本債権法各論(下)』岩波書店・1924年・844頁など民法709条の保護法益を拡げることに反対する立場もある。なお,沢井裕「不法行為における権利侵害と違法性」加藤一郎・平井宜雄編『民法の判例』有斐閣・1979年・173頁は,違法性論が,不法行為の成否の判断について加害行為の態様に依存して被害法益の性質を軽視する危険性を有している,と指摘する。

21) 我妻榮『債権各論(下)一 民法講義Ⅴ4』岩波書店・1972年・125頁,佐藤隆夫・上原由起夫編著『現代民法Ⅳ【債権各論】』八千代出版・1999年・342頁以下[田沼柾],遠藤浩編『基本法コンメンタール[第四版] 債権各論Ⅱ』日本評論社・1996年・40頁[伊藤進]など。

22) この場合,権限を委ねた情報主体自らが自己の情報をコントロールすることが許されないか(ちょうど特許権の専用実施権を設定した場合のように),また,複数の者に権限を委ねてそれぞれを権利主体とすることが可能か等,さらに検討の余地はあろう。

23) その意味において筆者は,前掲 7) ①のギャロップ・レーサー事件第一審判決が競走馬に関するパブリシティ権を「所有権とは別個の性質の権利である」としつつも「所有権に付随する性質を有する」と判示した点には賛成しかねるものである。

24) 最大判昭61・6・11民集40巻4号872頁(北方ジャーナル事件上告審),五十嵐清『人格権論』一粒社・1989年・177頁以下。

25) これは後藤晴男教授が筆者報告の際に強く指摘なさった重要な点である。また,前掲 7) ③および④(ダービー・スタリオン事件)は,いずれもこの点を重視して原告らの各請求を(損害賠償も含めて)棄却している。

26) むろん,人的属性パブリシティ情報を情報主体自らが権利主体としてコントロールする場合については,従来から論じられているように人格権ないし人格的利益をもって差止請求権を根拠づけることは可能であろう。しかしそれで事足れりとして非人的属性情報に係るパブリシティ権の差し止め如何を考慮しないというのでは,包括的にパブリシティ権を構成するという筆者の目的に悖ることになる。

27) 東京地判平10・1・21判時1644号141頁(キング・クリムゾン事件)およびその控訴審である東京高判平11・2・24判例集未登載。

著作権研究 29号 掲載




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