コンテンツ知的財産論: 第11講
パブリシティの権利
パブリシティの権利 (right of publicity)
- 著名人の氏名・肖像等が有する顧客吸引力を当該著名人が経済的な利益・価値として把握し,これを独占的に享受しうることを内容とする権利
裁判例による権利としての確立
- Haelan Laboratories, Inc. v. Topps Chewing Gum, Inc., 202 F.2d 866 [2nd Cir. 1953]
〔米国で最初にパブリシティの権利が認められた事例〕
- 東京地判昭51・6・29 判時817号23頁 (マーク・レスター事件)
俳優等は、…人格的利益の保護が減縮される一方で、一般市井人がその氏名及び肖像について通常有していない利益を保持しているといい得る。すなわち、俳優等の氏名や肖像を商品等の宣伝に利用することにより、俳優等の社会的評価、名声、印象等が、商品等の宣伝、販売促進に望ましい効果を収め得る場合があるのであって、これを俳優等の側からみれば、俳優等は、自らかち得た名声の故に、自己の氏名や肖像を対価を得て第三者に専属的に利用させ得る利益を有しているのである。ここでは、氏名や肖像が、…人格的利益とは異質の、独立した経済的利益を有することになり(右利益は、当然に不法行為法によって保護されるべき利益である。)、俳優等はその氏名や肖像の権限なき使用によって精神的苦痛を被らない場合でも、右経済的利益の侵害を理由として法的救済を受けられる場合が多いといわなければならない。〔「パブリシティの権利」という文言は用いられていないが,氏名・肖像の経済的利益(価値)を認めた。〕
- 東京地判平1・9・27 判時1326号137頁 (光GENJI事件)
アイドル・グループのメンバーの氏名・肖像を無断で使用した商品を製造・販売していた業者になされた販売禁止等の仮処分命令の決定に対して、当該業者がその取消しを申立てた事件。裁判所は「パブリシティ権の帰属主体は、自己の氏名・肖像につき第三者に対し、対価を得て情報伝達手段に使用することを許諾する権利を有すると解される」と判示して、業者の申立てを却下した。
- 東京高判平3・9・26 判時1400号3頁 (おニャン子クラブ事件控訴審)
芸能人の氏名・肖像がもつ…顧客吸引力は、当該芸能人の獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる独立した経済的な利益ないし価値として把握することが可能であ〔り、〕当該芸能人は、かかる顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利を有するものと認めるのが相当である。〔(人格権ないし人格的利益に基づくのではなく)財産的権利としてのパブリシティ権に基づく差止請求が認められるに至る。〕
パブリシティ権に関する問題
表現行為とパブリシティ価値の利用
- 東京高判平11・2・24 判例集未登載 (キング・クリムゾン事件控訴審)
他人の氏名、肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かは、他人の氏名,肖像等を使用する目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、右使用が他人の氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とするものであるといえるか否かにより判断すべきものである。……本件書籍に多数掲載されたジャケット写真は、それぞれのレコード等を視覚的に表示するものとして掲載され、作品概要及び解説と相まって当該レコード等を読者に紹介し強く印象づける目的で使用されているのであるから、X本人や「キング・クリムゾン」の構成員の氏名や肖像写真が使用されていないものはもちろんのこと、これが使用されているもの…であっても、氏名や肖像のパブリシティ価値を利用することを目的とするものであるということはできない。〔また、章扉部分等に使用されている肖像写真についても〕その掲載枚数はわずかであり、全体としてみれば本件書籍にこれらの肖像写真が占める質的な割合は低いと認められ、本件書籍の発行の趣旨、目的、書籍の体裁及び頁数等に照らすと、これらの肖像写真は原告及び「キング・クリムゾン」の紹介等の一環として掲載されたものであると考えることができるから、これをもって原告の氏名や肖像のパブリシティ価値に着目しこれを利用することを目的とするものであるということはできない。〔本件書籍の題号・文字〕は本件書籍で対象としている音楽家を表す記載であり、表紙〔等〕へのジャケット写真の使用も右音楽家に関する書籍であることを視覚面で印象づける趣旨で掲載したものであるとみることができるから、これらは「キング・クリムゾン」に関する書籍であることを購入者の視覚に訴え、これを印象づけるものであるということはできても、その氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とする行為であるということはできない。
- 東京地判平16・7・14 判時1879号71頁 (ブブカスペシャル7事件)
- 東京高判平18・4・26 判タ1214号91頁 (同控訴審)
〔判旨は後述〕
- 東京地判平20・7・4 (ピンク・レディー de ダイエット事件)
- 知財高判平21・8・27 (同控訴審)
- 最判平24・2・2 民集66巻2号89頁 (同上告審)
〔人の氏名,〕肖像等は,商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり,このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は,肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから,上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができ〔,これら〕を無断で使用する行為は,①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,③肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となると解するのが相当である。……〔認定事実等によれば,〕本件各写真は,上記振り付けを利用したダイエット法を解説し,これに付随して子供の頃に上記振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するに当たって,読者の記憶を喚起するなど,本件記事の内容を補足する目的で使用されたものというべきであ〔り,〕被上告人が本件各写真を上告人らに無断で本件雑誌に掲載する行為は,専ら上告人らの肖像の有する顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえず,不法行為法上違法であるということはできない。〔金築誠志裁判官の補足意見あり。〕
プライバシー権との関係
プライバシーの権利は「人がその氏名・肖像等をみだりに使用・利用されないこと」を内容とする人格権であり,プライバシー権の侵害は不法行為としてその被害者が法的救済(差止め,損害賠償,名誉回復措置)を受けうる。同じく氏名・肖像等を対象とするパブリシティ権との関係はどのように捉えられるべきか。
- 東京地判平16・7・14 判時1879号71頁 (ブブカスペシャル7事件)
固有の名声,社会的評価,知名度を獲得した……著名人は,〔その〕顧客吸引力を経済的利益ないし価値として把握し,かかる経済的価値を独占的に享受することのできるパブリシティ権と称される財産的利益を有する〔一方で,〕芸能人等の仕事を選択した者は,芸能人等としての活動やそれに関連する事項が大衆の関心事となり,雑誌,新聞,テレビ等のマスメディアによって批判,論評,紹介等の対象となることや,そのような紹介記事等の一部として自らの写真が掲載される自体は容認せざるを得ない立場にあ〔り,〕そのような紹介記事等には,必然的に芸能人等の顧客吸引力が反映し,それらの影響を紹介記事等から遮断することは困難である。……以上の点を考慮すると,ある者の行為が上記パブリシティ権を侵害する不法行為を構成するか否かは,他人の氏名,肖像等を使用する目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して,上記使用が当該芸能人等の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものであるといえるか否かによって,判断すべきである。……〔X₈の,デビュー後の通学中の姿を撮影した写真4点,休暇中の姿を撮影した写真6点およびデビュー前の姿を撮影した写真4点(注:この4点はプライバシー権(肖像)を侵害すると認定されたもの),ならびに,X₁₅のデビュー後の通学中の姿を撮影した写真5点は,それぞれ頁の大半を占め,これらに付されているコメントや文章部分が極めて少なく,いずれもその〕使用の態様は,モデル料等が通常支払われるべき週刊誌等におけるグラビア写真としての利用に比肩すべき程度に達しているといわざるを得〔ず,〕したがって,〔これら〕の写真を掲載したY₃及びY₄の行為は,同原告のパブリシティ権を違法に侵害したものである。〔もっとも,パブリシティ権侵害について当時被告らは違法性の認識可能性がなく有責性を欠くものとして,これに基づく損害賠償は棄却。〕
- 東京高判平18・4・26 判タ1214号91頁 (ブブカスペシャル7事件控訴審)
著名な芸能人〔がその肖像等の有する顧客吸引力から生ずる経済的な利益ないし価値を把握・享受しうるという〕法律上の地位は,パブリシティ権と称されるところ,著名な芸能人は,その肖像等が有する顧客吸引力が正当に人々に利用されいよいよ大きなものとなることを望むものの,他の者により無断でこれらが不当に取り扱われることによりその有する固有の名声,社会的評価,知名度等が損なわれたり,汚されたりしてその芸能を披露するのに妨げとなることに対しては,許されるわけではないし,その肖像等が人々から悪いイメージで受け止められたり,飽きられたりすることに対しても,無関心ではあり得ないと認められる。ところが,当該芸能人の顧客吸引力を利用することに伴う多大な経済的効果に眼を奪われて当該芸能人の肖像等を無断で利用する者が現れるのであって,このような無断の商業的利用の場合においては,当該芸能人の固有の名声,社会的評価,知名度等を意識的無意識的に歪曲ないし軽視し,これを損なわせ,汚す(当該芸能人が自らあるいはその許諾のもとにその顧客吸引力を商品化し,あるいは宣伝に用いる場合とは異なり,とかく猥雑,下品,劣等なものとなりがちである)こととなり,ファンなどが離れ,当該芸能人の肖像等のイメージが悪くなり,これが飽きられるなどの不人気の弊害すら招きかねないのである。……このような著名な芸能人の肖像等の性質にかんがみると,著名な芸能人の有するパブリシティ権に対して,他の者が,当該芸能人に無断で,その顧客吸引力を表わす肖像等を商業的な方法で利用する場合には,当該芸能人に対する不法行為を構成し,当該無断利用者は,そのパブリシティ権侵害の不法行為による損害賠償義務を負うと解するのが相当である。
人間以外(動物など)のパブリシティ権
パブリシティ権の本質は,著名人の氏名・肖像等の持つ「顧客吸引力」である。他方「顧客吸引力」は,著名人(自然人)の氏名・肖像以外にもさまざまな情報がこれを得る可能性がある。では物の名称や姿態などにもパブリシティ権は生じるのだろうか。
- 名古屋地判平12・1・19 判タ1070号233頁
- 名古屋高判平13・3・8 判タ1071号294頁
- 最判平16・2・13 民集58巻2号311頁 (ギャロップ・レーサー事件)
〔知的財産権に関する〕各法律の趣旨,目的にかんがみると,競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても,物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく,また,競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については,違法とされる行為の範囲,態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において,これを肯定することはできないものというべきである。したがって,本件において,差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。〔パブリシティ権に基づく損害賠償請求を一部認容した原審判決を破棄,自判。〕
- 東京地判平13・8・27 判時1758号3頁
- 東京高判平14・9・12 判時1809号140頁 (ダービー・スタリオン事件)
自然人は,もともとその人格権に基づき,正当な理由なく,その氏名,肖像を第三者に使用されない権利を有すると解すべきであるから……,著名人も,もともとその人格権に基づき,正当な理由なく,その氏名,肖像を第三者に使用されない権利を有するということができる。もっとも,……著名人の氏名,肖像は,当該著名人を象徴する個人識別情報として,それ自体が顧客吸引力を備えるものであり,……著名人が,この氏名・肖像から生じる経済的利益ないし価値を排他的に支配する権利を有するのは,ある意味では,当然である。著名人のこの権利をとらえて,「パブリシティ権」と呼ぶことは可能であるものの,この権利は,もともと人格権に根ざすものというべきである。
〔控訴人(=一審原告)らがパブリシティ権を主張する〕競走馬という物について,人格権に根ざすものとしての,氏名権,肖像権ないしはパブリシティ権を認めることができないことは明らかである。また,控訴人らが本件各競走馬について所有権を有し,所有権に基づき,これを直接的に支配している(民法206条)ということはできるものの,単に本件各競走馬の馬名・形態が顧客吸引力を有するという理由だけで,本件各競走馬の馬名,形態等について,その経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であるパブリシティ権を有している,と認め得る実定法上の根拠はなく,控訴人らの主張を認めることはできない。
競走馬のパブリシティ権を巡る二つの事件は事実審での判断が異なる中で最高裁にまで至り,ともに棄却された。すなわち,パブリシティ権は「人格権に根ざすもの」として競走馬のそれを否定した “ダービー・スタリオン事件” にあっては最高裁がその原審の判断を維持し,他方原審がパブリシティ権に基づく損害賠償を認めた “ギャロップ・レーサー事件” については最高裁がこれを覆したのである。
もっとも後者の上告審では,パブリシティ権の説明において「人格権に基づく」とか「人格権に根ざす」という表現は用いられておらず,その意味では “ダービー・スタリオン事件” の控訴審の判旨がそのまま最高裁においても是認されたものであるか疑問なしとしない。さらにはその “ダービー・スタリオン事件” 控訴審の判旨もパブリシティ権が「人格権である」とは言っておらず,あくまで「人格権に由来する(財産的権利である)」ことを指摘したにとどまると解することもでき,けだし「パブリシティ権は人の氏名・肖像等にのみ生ずるもの」と断じてしまうのは早計ではなかろうか。
パブリシティ権の相続性・譲渡性(死者のパブリシティ権)
現在までにわが国においてはこの点が問題となった事例はない(ただし後掲の事例を参照)。
死者の名誉毀損が問題となった事例において,裁判所が「死者に対する遺族固有の敬愛追慕の情に基づく」救済の可能性を示唆した例はあるが(東京高判昭和54・3・14 高民集32巻1号33頁 など),死者の人格権を直接の根拠としてその遺族に私法上の救済を認めた例はない。権利の主体が亡くなっている以上人格権も存しないということである(他方著作権法は,著作者や実演家の死亡後も著作者人格権侵害または実演家人格権侵害となるべき行為を禁ずべく特に規定を設けている。=著60条・101条の3)。
パブリシティ権の「人格権としての側面」を強調する(人格権そのものと捉え,あるいは,財産権であるとしても由来たる人格権を重視する)ならば,上記名誉毀損の例と同様に,「遺族の法的利益(権利)」の侵害として構成するか,さもなくば著作権法の著作者人格権に関する規定を類推しようということとなろうが,故人たる著名人の氏名・肖像等を対象とした利益の保護としては迂回・擬制が過ぎるのではなかろうか。
- 東京地判平27・8・31 平成25年(ワ)第23293号 (マイケル・ジャクソン事件) 【参考】
著名な故人の氏名・肖像について,これらの使用を当該故人との契約により許諾されたことを標榜して当該故人の氏名・肖像等を付した商品の販売等の事業を行っていた被告らに対し,当該故人の遺産財団等(原告ら)が上記契約の有効性を争い,これが無効であると判断されたことによって,被告らの事業における表示が役務内容誤認惹起行為(不競法2条1項13号=当時,現20号)に該当するとされた事例。
- 東京地判令4・12・8 令和3年(ワ)第13043号 (愛内里菜事件) 【参考】
芸能事務所が,かつて専属契約を締結していた芸能人に対し,当該契約中に芸能人のパブリシティ権が何らの制限なく事務所に帰属する旨の条項が存することを根拠として,当時の芸名の使用の差止めを求めた事案について,「パブリシティ権が人格権に由来する権利であることを重視して、人格権の一身専属性がパブリシティ権についてもそのまま当てはまると考えれば、芸能人等の芸能活動等によって発生したパブリシティ権が(譲渡等により)その芸能人等以外の者に帰属することは認められないから、本件契約書……のうちパブリシティ権の帰属を定める部分は当然に無効になるという結論になる。しかし、パブリシティ権が人格的利益とは区別された財産的利益に着目して認められている権利であることからすれば、現段階で、一律に、パブリシティ権が譲渡等により第三者に帰属することを否定することは困難であるといわざるを得ない」としつつも,「仮に、パブリシティ権の譲渡性を否定しないとしても、本件契約書……のパブリシティ権に係る部分が、①それによって原告〔芸能事務所〕の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告〔芸能人〕の不利益の程度及び③代償措置の有無といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、上記部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると解される」として,認定事実から当該条項の効力を否定し,芸能事務所の請求を棄却した事例。