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判例研究

離婚に伴う財産分与の対象となる財産


事実の概要

昭和 31年頃から童話作家として活動していた X(妻: 申立人/昭和 11年 10月 13日生) と昭和 29年頃から画家として活動していた Y(夫: 相手方/昭和 12年 7月 23日生)は,昭和 37年 1月 6日に婚姻した(なお両者の間には長女(昭和 42年 9月 3日生)がある。)。X と Y は婚姻後同居したが,それぞれの収入をそれぞれで管理し,共同生活の支出の負担については明確な取り決めをしていなかった。共同生活に必要な費用は集金の際その場に居合わせた者が負担していたが,おおむね,旧土地旧建物(後述)の固定資産税,銀行ローン,光熱費,火災保険料,長女の私立高校から大学(短大)までの学費等は Y がその収入によって負担し,食費,共用部分の什器設備,長女のベビーシッター代,長女の幼稚園から,小学校,私立中学校までの学費,長女の被服費,家族の海外旅行費用,長女の成人式,結婚式の費用等は X がその収入によって負担した。家事労働や育児については,家庭内別居に至るまでは,X がほぼ全面的に担当した。

その後両者は昭和 55年頃から不仲となって家庭内別居の状態が続き,平成 2年 4月 30日 X が仕事場に移ることにより別居し,平成 3年 6月 10日に協議離婚した。

Y は現在 Y 単独名義の土地(以下「本件土地」とする。)上にある XY 共有名義の建物(以下「本件建物」とする。)に居住しているが,X は財産分与および慰藉料として本件土地本件建物(後者については Y の持分)の X への所有権移転登記を求め,一方 Y は,X に対して相当額の金員の支払と引換えに本件建物の X 持分を Y に分与すること,ならびにその共有部分につき持分移転登記手続を求めた。

なお本件土地本件建物を取得するに至った経緯は以下のとおりである。

Y は昭和 36年 8月 10日頃に土地(旧土地)を 100万円で買い,その上に建物(旧建物)を 100万円で建築したが,その際 Y は上記代金のうち 4分の3(150万円)を父の援助と自己資金で支払い,残り 4分の1(50万円)については昭和 36年 11月 17日に銀行から最終弁済期を昭和 41年 11月 17日とする月々元利均等の分割弁済の約定で借り受けてこれを支払った。なお,その後旧建物は 3度にわたって(昭和 47年,同 51年および同 55年)改装・増築されたが,その工事費用は X が負担した。

昭和 62年 3月 2日,Y は旧土地旧建物を東京都に道路用地として売り渡し,その補償金として合計約 1億 1800万円を得た。Y は,昭和 62年 3月 25日,前記補償金を元に本件土地本件建物を購入したが,その不足残代金および旧建物の取壊費用等については,XY それぞれが約 400万円ずつ負担した。なお,本件土地は Y の単独名義で登記されており,本件建物については,便宜的に,X が 1000分の64,Y が 1000分の936の持分割合による共有名義で登記されている。

事実の概要に掲げた詳細な事実認定から清算的財産分与の対象財産を本件土地本件建物の 45パーセントと定め,これを形成する際の寄与割合を X につき 6,Y につき 4として,認定事実に照らし,本件土地本件建物を Y に取得させ,X に清算金を金銭で取得させるのが相当であると結論づけ,Y につき X に対する 3010万 5000円の支払いを,X につき Y に対する持分移転登記手続をそれぞれ命じ,両者を公平の観点から同時履行の関係にあるものとした。なお X の主張した扶養的財産分与についてはその必要性が認められないとして,また慰藉料については慰藉料請求権発生の具体的理由として X が主張するものは採用できず,他に慰藉料を認めなければならない事実もないとして,いずれも認めなかった。

以下,表題に関する部分を引用する。

「本件に置いて清算的財産分与の対象となる財産は,当事者双方が婚姻期間中に取得したもの,すなわち本件土地本件建物,当事者双方の各個人名義の預貯金,著作権が考えられる」ところ,「認定事実によれば,X と Y は,婚姻前からそれぞれが作家,画家として活動しており,婚姻後もそれぞれが各自の収入,預貯金を管理し,それぞれが必要な時に夫婦の生活費用を支出するという形態をとっていたことが認められ,一方が収入を管理するという形態,あるいは夫婦共通の財布というものがないので,婚姻中から,それぞれの名義の預貯金,著作物の著作権についてはそれぞれの名義人に帰属する旨の合意があったと解するのが相当であり,各個人名義の預貯金,著作権は清算的財産分与の対象とならない。」

離婚に伴う財産分与において,分与の対象となるべき財産の範囲は実務上とりわけ重要な問題であるが,本件審判はこの点に関して意義を有するものと思われる。すなわち,結論的には特有財産と認定されたものの,清算的財産分与の対象となると考えられる財産として当事者の有する著作権を掲げている。

民法 768条にいわゆる財産分与に関しては,とりわけ財産分与請求権と慰藉料請求権との関係において,その性質について論議されることが多かったが(1),はたしていかなる財産が分与 ――特に清算的財産分与―― の対象となるかについては充分な検討がなされてきていないようである(2)

わが民法 768条によれば,離婚した当事者の一方は相手方に対して財産の分与を請求しうるものとされ(768条 1項),当事者間で協議が調わないとき,または協議をすることができないときは,当事者は,家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる(同条 2項)とされている。しかしながら,わが民法にはこの財産分与請求権の具体的内容についての規定が存在せず,768条 3項において「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情」が考慮される旨の抽象的な規定があるのみで,ここから財産分与の対象となる財産の範囲および財産分与の決定基準を明らかにすることは困難であるといわざるをえない。

なお,1994年 7月に法務省民事局参事官室によって公表された「婚姻制度に関する民法改正要綱試案」(以下「試案」という。)は,財産分与の可否ならびに分与の額および方法につき「当事者双方がその協力によって取得し又は維持した財産の額並びにその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度,婚姻の期間,婚姻中の生活の水準,婚姻中の共同生活の維持についての各当事者の協力の態様及び程度,各当事者の年齢,心身の状況,職業,収入及び稼働能力その他一切の事情」を考慮することとし,さらに,この場合に当事者双方の協力による財産の取得または維持について,各当事者の寄与の程度が明らかでないときは,これを等しいものとする旨掲げている。これによって財産分与の決定基準は,とりわけ各当事者の寄与度が原則 2分の1とされることによって,現行法よりもいくぶん具体的に表されることとなるが,財産分与の対象となるべき財産については,「当事者双方がその協力によって得た財産」(民法 768条 3項)という文言が「当事者双方がその協力によって取得し又は維持した財産」(試案)とされたものの,依然として抽象的に表現されるにとどまっている。

清算的財産分与は夫婦財産制度(民法 762条)と密接に関連しており,両者は表裏一体の関係に立つと解され,したがって清算の対象たるべき財産を決するには婚姻中の夫婦財産の帰属を検討しなければならない。民法 762条の解釈については学説上争いがあるが,通説は婚姻中の財産を以下の三つに分けて説明しており,また清算の対象を考えるにあたってもこの分類が有用であるとされる(3)

(1) 特有財産   名実ともに夫婦それぞれの所有である財産をいう。婚姻前から各自が所有していたもの,婚姻中に一方が相続したり,贈与を受けたもののほか,各自の装身具等社会通念上各自の専用品とみられるものなどがこれに属するとされる。

(2) 共有財産   名実ともに夫婦の共有に属する財産をいう。夫婦が合意で共有とし,または共有名義で取得した財産,婚姻中に取得した共同生活に必要な家財・家具等がこれに属するとされる。なお,いわゆる嫁入道具は妻の特有財産であると解される。

(3) 実質的共有財産   名義は夫婦の一方に属するが,実質的には双方の共有に属する財産をいう。婚姻中に夫婦が協力して取得した住宅その他の不動産,共同生活の基金とされる預貯金や株券等で夫婦の一方の名義になっているものがその典型であるとされる。

この分類によれば,清算的財産分与においては,(1)は清算の対象とはならず,(2)と(3)が清算の対象となる(4)。ここで注意しなければならないのは,一見すると一方の特有財産のようだが実質的には双方の共有財産と考えられるものもあるという点である(5)

上述の婚姻中夫婦の協力によってえた財産以外に,清算の対象として考えられるものとしては,第三者名義の財産であっても実質上夫婦の財産と見るべきものや,既に受領し,または近い将来受領しうる蓋然性の高い退職金・年金のほか,夫婦の一方が他方の無形財産の形成ないし他方の特有財産の維持に寄与した場合には,これを清算すべきであるとされている(6)

以上の点を本件審判に照らしてみるに,そもそも著作権が清算的財産分与の対象たりえるかどうかという問題が浮かび上がってくる。わが著作権法は著作権の享有につき無法式主義を採り(著作権法 17条 2項),著作権は原始的に目的たる著作物の著作者に帰属することとなる。したがって,著作権は著作者たる夫婦の一方の特有財産となるのであって,これを清算的財産分与の対象となると考えうるには,夫婦の一方の著作権の形成,すなわち著作物の創作に他方が寄与していることが必要となる。他人の著作物の創作に際して「創作的に」寄与した者は,やはり著作者として疑いなく著作権の共有者となるが,「非創作的に」,すなわち経済的あるいは物理的に寄与した者までも著作者とすることは,著作権の制度趣旨からみて問題があろう(7) (8)。特に本件においては,妻が作家として,夫が画家として活動しており,両者が互いに他方の著作物の創作に創作的に寄与していたと考える余地はほとんどないと思われる。 しかしながら,一般的には夫婦の一方(多くは夫)が著作者として活動し,他方(妻)が経済的・物理的あるいは精神的にこれを支えているというのは,決して珍しいことではあるまい。このパターンについて民法における清算的財産分与の観点から見れば,とりわけ夫婦の一方につき目立った財産が著作権しかないようなときには,前述の無形財産の場合と同様に公平の見地からその著作権を清算的財産分与の対象にすべきであると考えられよう。

本件審判は,まず本件土地本件建物,各個人名義の預貯金とならんで,各当事者の著作権を清算的財産分与の対象となると考えられる財産の一つとして掲げつつ,XY 各個人名義の預貯金が清算の対象となるという Y の主張に応えるかたちで,「婚姻中から,それぞれの名義の預貯金,著作物の著作権についてはそれぞれの名義人に帰属する旨の合意があったと解するのが相当であ(る)」と結論づけている。ここで判旨のいわんとするところはいささか不明であるとの感を拭いきれない。すなわち,本件審判の文言から推測するに,「各当事者の著作権は,合意がなければ夫婦の共有に属するが,本件においてはこれを特有財産とする合意があったものと解するべきであり,ゆえに清算の対象とならない」との趣旨であろうと思われる。しかし,前述のとおり本来それぞれの著作権は原始的にそれぞれの当事者に帰属しているのであるから,清算的財産分与の対象となるべき財産に著作権を掲げるには当該著作物の創作に他方が寄与・貢献したことを明示する必要があるだろう。 また,かりに単に「当事者双方が婚姻中に取得したもの」を列挙するうえでその一つとして著作権を掲げたにすぎないのであるとすれば,合意の存在を認めるまでもなくこれを特有財産であるとして然るべきであり,その後で一方の著作物の創作に他方の寄与・貢献があったかどうかを検討する必要があるだろう。

では,著作権が清算的財産分与の対象となるとした場合,いかなる問題が生じるであろうか。

まず第一に,分与の方法が挙げられる。不動産(主として住宅)のごとき有体物においては,使用状況等を考慮して当該不動産の所有者にあらざる夫婦の一方に対してこれを取得させ,あるいはこれについて借家権を設定する方法も考えられる(9)。これを著作権に即してみれば,清算の対象として著作権の全部を譲渡するか,または一部を譲渡して共有とし,もしくは支分権(著作権法 21条以下)を譲渡する方法などが分与の方法として挙げられよう。

しかしながら,一部譲渡によって著作権が共有となった場合には,共有者全員の合意によらなければその著作権を行使することができないこととなり(著作権法 65条 2項),その意味において著作者たる分与する側の当事者にとって不利であるということができよう(もっとも,同条 3項によれば,共有者となった当事者は,正当な理由がない限り合意の成立を妨げることができないものとされる。)。

また,著作者たる当事者にしてみれば,自己の創作した著作物の著作権を離婚した相手と共有することについて,精神的抵抗があるであろうことは想像にかたくない。この点は有体物たる不動産を共有とし,または借家権を設定することにおいても同様に考えられるが,著作者の精神的利益と密接に結びつく著作権においてはなおさらであろう。

さらに,著作権は原則として著作者の生存中およびその死後 50年にわたって存続する(著作権法 51条)ことから,この点に問題がないかとも考えられる。しかし,これを逆に分与される側の当事者からみれば,それだけ利益をうる機会が増え,あるいは長く続くのであって,財産分与の実効を挙げるにはむしろ適しているということもできよう。

清算的財産分与の方法としては,上記のような著作権自体の譲渡のほかにこれに代わる金銭を分与する方法が考えられるが,この場合は財産分与の判断の基準時との関連で分与の額について問題の生じる虞れがある。

財産分与(清算的財産分与)の判断基準時については,夫婦の協力関係の終了する別居時を基準とする立場と,清算が離婚の効果であることを根拠として裁判時を基準とする立場がある(10)。有体物の場合はいくぶん価値が変動するとはいえ,通常一定の価値を有するものではあるが,一方著作物は他人に全く利用されず,したがって経済的利益を生じない場合も考えられ,これをもって分与の額を定めるのは著しく困難であるといわざるをえない。著作者の生存中はまったく売れなかったがその死後ブームが訪れるというのは決して珍しいことではなく,こうした点から考えても権利自体を譲渡するほうが,分与される側にとっては有利であるといえよう。

以上考察してきたように,本件審判は理論的構成に疑問が残るが,筆者(関堂)としては,これを著作権が清算的財産分与の対象となるべき財産として考えられうる可能性を呈示したものとして評価したい(11)。しかし,このことはまた,前述のように分与の方法およびその額という点に関して新たな問題を提起したものとして捉えることができるであろう。


(1) 財産分与請求権の性質について,その立法過程から考察をなしたものとして,小野幸二「財産分与 ――その沿革と立法過程」日本法学 31巻 1号 111頁,高野耕一「民法 768条の系譜的考察」『財産分与・家事調停の道』(日本評論社・1985年),我妻栄『戦後における民法改正の経過』(日本評論社・1965年)などがある。

(2) この点に関する論稿としては,高木積夫「財産分与の対象となる財産の範囲」『現代家族法大系 2』(1980年),大津千明『離婚給付に関する実証的研究』(日本評論社・1990年)などが挙げられよう。

(3) 大津・前掲(2) 114頁,同「財産分与の対象財産の範囲と判断の基準時」判タ 747号 132頁。

(4) 我妻栄『親族法』 102頁,高松高決昭63・10・28家月41巻1号115頁。

(5) 大津・前掲(2) 115頁は,この例として婚姻中に妻の親から夫へ贈与された財産を挙げる。

(6) 共同財産の形成がなくとも,夫婦の一方の積極的寄与により他方の特有財産が形成されたような場合には,その特有財産に対して潜在的持分を有すると説くものもある(山本笑子「判例財産分与法」民商 35巻 4号 42頁,なお福岡高決昭 29・12・25 家月 7巻 1号 36頁,松山家宇和島支審昭 40・9・7 家月 18巻 2号 88頁をも参照)。また,夫が医師や弁護士等の専門資格を取得するに際して妻がその労働収入によってこれを支えたような場合,すなわち無形財産の形成に寄与した場合について,わが国にはこれに該当する判例が見当たらないが,アメリカの判例(代表的な例として O'Brien v. O'Brien, 498 N.Y.S.2d 743, 489 N.E.2d 712 (N.Y.Ct.App. 1985) が挙げられよう。なお上記判例研究として,棚村政行「専門資格と離婚給付」判タ 656号 152頁がある。)に照らして,これを清算すべしと説く者はわが国にも多い。

(7) 高速道路パノラマ地図の企画をなし,資料の収集に努めた編集者につき,これを著作者ではないとしたケースとして東京地判昭39・12・26 下民集 15巻 12号 3114頁がある。なお,教科書の編集部員を共同著作者であるとした東京地判平3・5・22 判時 1421号 113頁をも参照。

(8) この点は不動産のごとき有体物の場合と大きく異なる。すなわち,有体物たる一方の特有財産の形成・維持に対する寄与は,多くの場合そのための金員の捻出であるように,経済的・物理的なものである。著作権の形成に対する非創作的寄与は,むしろ専門資格のごとき無形財産における寄与に近いものであるといえよう。

(9) 東京高判昭 63・12・22 判時 1301号97頁。

(10) 判例(最判昭 34・2・19 民集13巻 2号 174頁)は最終口頭弁論終結時とした原審の判断を支持した。なお,大津・前掲(2) 126頁は,「一応別居時を基準とし,公平の見地から,事情によりその後の財産の変動をも考慮して妥当な解決を図るのが相当である」とする。

(11) 著作権を清算的財産分与の対象として捉えるうえでの理論構成としては,一方の当事者の有する著作権につき,これをその者の特有財産であるとしつつ,著作者にあらざる他方当事者の非創作的寄与を考慮してこれを清算の対象とするのが妥当であろう。
 

(「清和法学研究」 3巻 1号 ―1996年― 掲載) ―清水幸雄 清和大学法学部 教授 と共同執筆―




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