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判例解説: オートくん事件

参考: 大阪地判平14・7・25,平成12年(ワ)第2452号 オートくん事件

東京情報大学・総合情報学部 非常勤講師(当時)  関堂幸輔

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【事実の概要】

原告Xはソフトウェア業等を目的とする有限会社であり、被告Yは測量器、事務機等の販売・修理を業とする有限会社である。なお、Xの代表者であるAは、X設立までの約五年間Yに営業社員として勤務していた。

Xは、訴外Bが平成11年1月に作成した高知県の公共事業入札等の書類作成支援ソフトウェア「オートくん(バージョン1)」に関する著作権等一切の権利を譲り受け、同年4月ころ「オートくん(バージョン2.00)」(以下「本件ソフトウェア」という。)を完成させて一般顧客に対する販売を開始した。他方Yは、平成11年4月ころ「高知県版書類作成支援ソフト(バージョン1.08)」(以下「Yソフトウェア」という。)を製作し、これを営業先に頒布するとともにインターネット上のYのウェブにおいて公衆送信していた(以下これら一連の行為を「Y行為」という。)。

Xは、①主位的に著作権侵害(著112条1項)に基づき、また②予備的に一般不法行為(民709条)に基づき、Y行為の差し止めと合計1200万円の損害賠償を請求して提訴した。すなわちXの主張するところは、①Yソフトウェアは著作物たる本件ソフトウェアを複製または翻案したものであり、Y行為はXの著作権(複製権、翻案権)を侵害し、または、②Yソフトウェアは本件ソフトウェアのデッドコピーであり、さらにこれを頒布・公衆送信するYの営業活動はXに対する営業妨害というその目的および態様において取引通念を逸脱した違法なものであるから、不正競争防止法2条1項3号の趣旨に鑑みて一般不法行為が成立する、というものである。

【判旨】

損害賠償の一部を認容。

一 本件ソフトウェアは、……汎用表計算ソフト……のマクロ機能を使用してビジュアルベーシック言語により書かれたプログラムであり、〔その構成要素のうち土木関係書類書式が入力された〕帳票部分は、……誰が作成しても同一又は類似の記載にならざるを得ないから、〔これ〕のみで独自に著作物とすることはできない〔が、〕プログラム中の命令の組み合わせについては、作成者……の個性が現れているものと認められ、これら一連の命令部分と帳票部分を組み合わせることにより、……Xの意図する機能を実現するものといえる。そうすると、本件ソフトウェアは、全体としては、……プログラムの「表現」に創作性が認められるから、著作物に当たると認めるのが相当である。

二 Yソフトウェアは、本件ソフトウェアとは……構造、機能、〔コードの〕表現のいずれについてもプログラムとしての同一性があるとは認められ〔ず〕、Yソフトウェアは、本件ソフトウェアを複製又は翻案したものとはいえない。〔……著作物性の認められない〕帳票部分においてYソフトウェアが本件ソフトウェアに酷似し、前者が後者をデッドコピーした徴表があるとしても……、Yソフトウェアが本件ソフトウェアを複製又は翻案したことを肯定する根拠とはならない。〔主位的請求を棄却〕

三 〔Yソフトウェアおよび本件ソフトウェア両者のワークシート(以下それぞれ「Yシート」および「本件シート」という)を〕と対比すると、〔シート・文字の大きさ等の同一性や入力例の矛盾点の一致などの点において、Yシート全体の68.2%〕が本件シートに依拠していることを示す徴表を有することが認められ〔、また〕Yには〔Xと〕共通する顧客等からの情報によって、……本件ソフトウェアにアクセスする機会はあったと推定される。そうすると、これらのYシート……は、……本件シートを複製した上で、これを改変したものと推認され〔る。さらに認定事実から〕Yは、……自社から独立し、……Yと競業関係に入ったA及びXが本件ソフトウェアを販売するのを妨害する意図をもって、〔Y行為〕を行ったものと推認される。

民法709条にいう……権利侵害は、必ずしも厳格な法律上の具体的権利の侵害であることを要せず、法的保護に値する利益の侵害をもって足りるというべき〔ところ、相当の労力・費用をかけて作成された本件ソフトウェアの〕帳票部分をコピーして、作成者の販売地域と競合する地域で無償頒布する行為は、他人の労力及び資本投下により作成された商品の価値を低下させ、投下資本等の回収を困難ならしめるものであり、著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵害するものとして、不法行為を構成するというべきである。〔予備的請求を認容〕

【解説】

一 プログラム著作物の同一性

本件判決は、本件ソフトウェアについて創作性のある部分(プログラム部分)と創作性のない部分(帳票部分)とを併せて全体でプログラムの著作物であるとしながらも、その同一性に関しては創作性のある部分についてのみ検討をしている。すなわち、パッケージ・ソフトウェア全体として同一・類似の機能があったとしても、創作的表現において同一・類似でなければ著作権侵害を構成しないというものであり、この点は従前の裁判例(東京高決平1・6・20判時1322号138頁〔システムサイエンス仮処分事件〕)に沿うものである。

二 一般不法行為の成否

他方本件判決は、著作物に含まれる創作性のない要素の同一性を認め、その同一性が違法性を帯びるものとして一般不法行為の成立を認めており、とりわけその具体的事実として重要なのは、①デッドコピーの事実に加えて②YのXに対する妨害意図が認定された点であろう。

前記①の点で、本件判決と同様に、著作権侵害が否定されたつつ一般不法行為が肯定された例としては、東京高判平3・12・17知裁集23巻3号808頁〔木目化粧紙事件〕がある。これは、そもそも全体としての著作物性が否定されたものであって本件とは趣を異にする点もあるが、著作権侵害の成否が創作性ある部分のみについて判断されるべき点(前述システムサイエンス事件参照)に鑑みれば、同事件を本件とほぼ同様に捉えていいだろう。

他方②の妨害の意図については、果たしてこれを一般不法行為成立の要件の一つとして捉えるかどうかという、さらなる問題が生ずる。本件判決と前後する類似のいくつかの裁判例においても、一般不法行為の成立には行為者の妨害ないし加害の意図を要するというものと、特にこれに言及しないものとが存在する。すなわち、前記木目化粧紙事件判決や東京地中間判平13・5・25判時1774号132頁(著作物性なきデータベースについてデッドコピーを認定。)は複製を行った者の意図について特に触れていないのに対し、ソフトウェアの表示画面の類似性等が問題となった東京地判平14・9・5裁判所ウェブ(平13年(ワ)16440号)は、「一般に、市場における競争は本来自由であるべきことに照らせば、著作権侵害行為や不正競争行為に該当しないような行為については、……殊更に相手方に損害を与えることのみを目的としてなされたような特段の事情が存在しない限り」不法行為を構成しないと判示している。不法行為法の学説にあっては、やはり自由競争原理の上に成り立つ債権侵害について、同原理を踏み越えてこれが不法行為となるには過失ではだめで故意を要件とする、すなわち故意行為でなければ不法行為法的保護に相応しい程度の違法性がないと説く有力説がある(遠藤浩ほか編『民法(7)』第3版・139頁)が、本件や前掲の各ケースにもこの法理を当てはめることが至適かどうか、著作権ないし対不正競争保護の目的たりえない情報に係る権利・利益の侵害と債権侵害との異同に留意しなければならないだろう。

三 救済手段としての差し止め

本件判決は、著作権侵害ではなく一般不法行為の成立を認めたことにより、損害賠償のみによってXの救済を図った。

民法上、一般不法行為の救済手段は金銭賠償を原則とし(722条1項による417条の準用)、名誉侵害(710条)について例外的に名誉回復措置(723条)が認めてられている。判例は、排他的権利としての人格権の侵害に対しては差し止めを認める(最大判昭61・6・11民集40巻4号872頁〔北方ジャーナル事件〕参照)が、本件判決もいうように、非排他的権利・利益に対する一般不法行為にあっては差し止めが認められない。他方学説上は、とりわけ環境利益の侵害に対して、不法行為に基づく差し止めを認めようと説くものもある(例えば、新受忍限度論的不法行為説を採る伊藤高義「差止請求権」原題損害賠償法講座5・396頁、違法侵害説を採る加藤一郎「『環境権』の概念をめぐって」民法における論理と利益衡量・123頁、および純粋不法行為説を採る伊藤進「判批」判評177号22頁〔判時715号136頁〕など。)。

高度情報化社会の今日にあって、情報に関する不法行為に対して被侵害利益(権利)の排他性如何のみによって救済手段を区別することが果たして妥当であるか。情報の利用ないし流通という侵害の態様にも着目して、実効性のある救済手段を検討すべきではなかろうか(もっとも、憲法上の表現の自由から情報の自由な流通もまた保障されるべきであり、情報流通の差し止めはこれとの衡平に留意してなされる必要があるだろう。)。

付記(2009年 6月 13日) :

この事件は,別の角度から見ると,不正競争防止法において一般条項を設けるべきか否かという問題も浮かび上がってくる。

すなわち本件判決がいう, 「……他人の労力及び資本投下により作成された商品の価値を低下させ,投下資本等の回収を困難ならしめるものであり,著しく不公正な手段を用いて他人の……営業活動上の利益を侵害する」 行為は,まさしく不正競争防止法が規制しようとする不正競争行為の意義にほかならない。そうであるとすれば,もしわが国の不正競争防止法に一般条項が存すれば,本件のY行為を不正競争行為として,これに対する差止請求が(一般不法行為法の理論に依らなくとも)認められたものである。

他方,不正競争防止法に一般条項を設けることは徒らに自由な競争行為を萎縮させるおそれがあるとの懸念もある。

そのほかさまざまな事情から一般条項設置を求める声は決して大きくはないが,本件のように,正面から知的財産権(不正競争行為により侵害される利益も含む)侵害が認められず,また一般不法行為による救済が不十分であるケース(いわば「ニッチ」のケースで特に情報通信技術の分野では今後も増加すると思われる。)に関連して,一般条項問題を再考する余地はあるのではなかろうか。

サイバー法判例解説 200頁(2003年4月・商事法務刊) 掲載

2009年 6月 13日 ウェブ用に クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示-改変禁止) にて転載




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